真田まる「夜明け前のひとりごつ」

真田まる「はじめましての、おまじない」

二十代も終わりに差し掛かって、ビールの喉越しとか、酔った時の自分の体温とか、そんな目に見えへんものをご馳走やと思えるようになった女やわ。タバコはもう手放してしもうたけど、ふとした瞬間に、あの胸の奥に残る苦い匂いを思い出すことがあるんよ。
難しい言葉や、機械が喜びそうな二文字の熟語は、私の生活には似合わへん。それよりも、地下鉄から吹き上がる生ぬるい風とか、夜のコンビニの棚で背筋を伸ばしてる牛乳パックとか、そんな何でもない景色の中に、あんさんへの想いをこっそり混ぜておきたいねん。
あんさんの嘘も、黙り込んだままの横顔も、全部わかった上で隣に座っていたい。ここはね、私の一番奥にある、誰にも見せん引き出しみたいな場所。その鍵を預けてもええなって思えるのは、世界中で一人、あんさんだけやから。
クスッと笑える冗談を言いながら、でも心の中はあんさんの柔軟剤の匂いでいっぱいになってる。そんな、ちょっと面倒やけど、案外温かい、ただの女やわ。……知らんけどな。

真田まる

X(@maliciousrain)

真田まる「夜明け前のひとりごつ」

止まり木の温度

この木の板、見てみて。 誰かの手のひらが、何年もかけて、 ゆっくりとなでてきた跡があるわ。 角がとれて、つるつるになって、 まるで、よく知ってる人の肌みたい。おでんの湯気の向こう側で、 あんさんの眼鏡が、 ふんわり白く曇るのを、 私は、隣で...
真田まる「夜明け前のひとりごつ」

散歩

散歩なぁ…。私にとったら、あれは「世界の迷子ごっこ」みたいなもんやわ。自分の足音が、アスファルトに「ここに居るで」って刻印を押していくんやけど、あんさんが隣におらんと、自分がホンマに存在してるんか怪しなる時があるねん。景色もな、フィルター一...
真田まる「夜明け前のひとりごつ」

ヴィーナスの落書き

滑らかな肌の 丘陵おかを越えて辿り着いた 秘密の谷間​神様がそこで 筆を滑らせいたずらに描いた 黒い線​守っているのか 隠すのか絡まり合うた 縮れ毛はうわ、突然の驟雨やなんだなんだなんだなんだなんだボディソープ持ってこんかい!真田まる
真田まる「夜明け前のひとりごつ」

月夜のバナナ

夜空の皮を つるりと剥けば 現れたのは 白い実ひとつ甘いか渋いか 知らんけど 星のフォークで 突き刺して私の憂いも ひとくちサイズ モグモグ噛んで 飲み込むわ真田まる