「物語の『仕掛け』を味わうための短期集中講義」第2回です。
前回は、世界の「境界」を溶かす手法を見ました。疑問に思われたこともあると思いますが、ひとまず先に進むことにしましょう。今夜は、私たちが普段見ている「日常の風景」や「特定の土地」に、作者がどのような細工を施すのか、その技術に迫ります。
1. 見慣れたものを「初めて見るモノ」のように描く
【例】あなたが毎日使っているスマートフォン。これを、もし小説の語り手が「人々が一日中、手のひらの上で光る『冷たい黒い石版』を指でなぞり続けている。彼らはその石版に魂でも吸い取られたかのように、うつむき続けている」と描写したとしたら、どう感じますか?
【概念】これは「異化」と呼ばれる手法です。 ロシアの批評家が言い出した言葉ですが、難しく考える必要はありません。要は「見慣れたものを、わざと奇妙に、異質なものとして描き出す」ことです。
私たちは、日常の物事を「自動操縦」で認識しています。「スマホはスマホだ」と。「異化」は、その自動操縦を強制的に解除するショック療法です。いつもの満員電車を「巨大な金属の芋虫の体内で、人々が消化を待っている」かのように描く。そうすることで、作者は私たち読者に「私たちが『日常』と呼んでいるものは、本当にそんなに『普通』だろうか?」と、当たり前を疑う視点を突きつけるのです。
【他の例】
- 食事の風景を「生物が他の動植物の死骸を切り刻み、口に入れてすり潰し、体内に取り込むグロテスクな儀式」として淡々と描写する。
- オフィスビルを「人々が小さな四角い箱に詰め込まれ、一日中ガラス板を叩き続けるための巨大な蜂の巣」と表現する。
2. その「土地」でなければならない物語
【例】ある地方の小さな漁村を舞台にした物語。その村には、「沖にある『夫婦岩』の間を、年に一度、クジラの姿をした海の神様が通る。それを見た者は幸せになれる」という古い伝承があります。そして、物語のクライマックスで、主人公はその「クジラの神様」を本当に目撃します。
【概念】 これは「ローカルファンタジー」と呼ばれる手法です。
ポイントは、その土地固有の歴史、伝承、文化、あるいは都市伝説が、物語の「核」として、ただの背景以上に深く結びついている点です。「クジラの神様」は、例えば東京のど真ん中には現れない(現れたら別のジャンルです)。その漁村の歴史と人々の信仰があるからこそ、その幻想に「説得力」が生まれるのです。
作者は、その土地が持つ「記憶」や「文脈」を巧みに利用し、あり得ないはずの幻想に、まるで本当にあったことかのようなリアリティの「重力」を与えるわけですね。
【他の例】
- 京都の古い寺町を舞台に、道端の「お地蔵さん」が夜な夜な動き出し、探偵まがいの活躍をする。
- 特定の都市(例えば池袋)の有名な待ち合わせスポットの銅像が、実は異世界への「ゲート」だった、という都市伝説を物語の根幹に据える。
今夜は、日常の「風景」や「場所」に仕掛けられたトリックを見てきました。
最終回となる次回は、いよいよ物語の「ルール」そのものを玩具にする、最も知的な(そしてタチの悪い)遊びについてお話ししましょう。
(第3回に続く)
千早亭小倉(作家/話紡庵所属)
![[公式]千早亭小倉の世界 | ここあん村案内所](https://atelier-cocoan.com/wp-content/uploads/2026/01/tops2.jpg)

