移動図書館日記(10)

これは、日記という名を借りた私の記憶。

某月某日

ロマコメ号の訪問場所になっている、とある仮設団地でのこと。計画通りにタープを広げ、分類順に並べたコンテナを書架代わりにする。子ども向けの絵本は手に取りやすい場所に、貸し出し頻度の高い小説は中央にまとめて。すべてが完璧な配置。私の仕事は、この小さな座標軸を、人々の日常にそっと置くことだ。

いつもなら、図書館スタッフの真木まきさんや鈴木美桜さんが本の紹介をしたり、世間話をしたりして、会話のきっかけを作る。私たちが中心にいて、人々がその周りにいる。そういう構図だった。でも、昨日は何かが違っていた。

はじめに、住宅から出てきたおかあさん二人が、タープの下の日陰で自然と話し始めた。あのことの後の生活が不便なこととか、孫の話とか、そういう、どこにでもある会話。私たちは、ただそこにいるだけ。

次に、別のボランティア団体の若い人が子どもたちを集めて、折り紙を始めた。あっという間に、タープの下は色とりどりの鶴や手裏剣で賑やかになった。

私は、人の輪をそっと抜けて、少しだけ離れた場所からその光景を眺めてみた。私の細心な計画は、いつの間にか背景に溶けて、もっと大きくて、あたたかい何かが生まれていた。それは、私が作った「場」ではなかった。そこに住む人々が、ごく自然に作り出した「居場所」だった。ロマコメ号とそこに並んだ本たちは風景の一部として、当たり前のように存在していた。

ミシェル・ヌードセンの絵本『としょかんライオン』みたいだ。あの絵本に出てくるライオンは、図書館のルールをきちんと守る。でも、本当に大切な瞬間に、館長さんを助けるために、一番大事なルールだった「静かにする」を破って、吠えることを選んだ。

目の前の光景も、そうだったのかもしれない。私が設定した「本を介して静かに交流する」という見えないルールは、子どもたちの笑い声や、おかあさんたちの楽しげな話し声によって、いとも簡単に破られていた。でも、それは誰かを傷つける騒音じゃない。むしろ、その「ルール違反」の音こそが、凍てついた心を溶かすために、今この場所に一番必要なものだったのだ。ルールよりも、大切なことがある。あのライオンのように。

(これでよかったんだ)

不意に、胸の奥でかたくなっていた何かが、少しだけ、ほどけた気がした。秩序が崩れるのは怖い。けれど、目の前の光景は不思議なほど心地よかった。予測不能で、分類不能。でも、確かな手触りのある、あたたかい時間。

誰かが折った、少しだけ羽の歪んだ黄色の鶴を、そっと手のひらに乗せる。その不完全な形が、やけに愛おしく感じられた。思わず、口元がゆるんで、声を出して笑いそうになる。慌てて口を引き結んだけど、もう遅い。以前の私なら、この輪の中心で、子どもたちと一緒にはしゃいでいただろう。

業務日報には、貸出冊数という数字のほかに、何と書けばいいのか迷った。「青空集会所の発生、原因不明、しかし良好」。この感情を分類するための言葉を、私はまだ持っていない。

これは、日記という名を借りた私の記憶。

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
移動図書館日記
higashiboctokをフォローする
タイトルとURLをコピーしました