移動図書館日記(15)

これは、日記という名を借りた私の記憶。

某月某日

朝から降り続く、「あのこと」を思い出させるような執拗な雨。道路を叩く雨音は、私の心の平静を乱す不協和音だ。巡回中止、という合理的な判断が頭をよぎる。リスク管理の項目が、赤く点滅する。

「今日はさすがに無理ですかねえ。向こうも待ってないですよ、きっと」

同僚の鈴木美桜さんの声が、カーディガンを羽織らせるように、私の背中にかけられる。

けれど、天気予報は、午後にはこの雨が嘘のようにあがることを示していた。私の頭の中の思考は、可能性と危険性を天秤にかける。濡れた地面、本への湿気。マイナスの項目。しかし、スケジュールは守られなければならない。プラスの項目。そして、雨だからこそ、ロマコメ号を待っている人がいるかもしれない、という分類不能な、小さな希望。

私は受話器を取り、役場に出向いていた高島副館長に連絡を入れた。

「天気予報を信じ、現地到着時には天候が回復しているという予測のもと、本日の運行を決行したく思います。許可をいただけますでしょうか」

電話の向こうで、高島さんは少し呆れたように、でも最後には「君がそこまで言うなら。くれぐれも気をつけて」と許可をくれた。手続きは、踏んだ。これで私の行動は、正式な業務となる。私の防衛線は、守られた。

予報を信じて、ロマコメ号を走らせる。ワイパーが必死に視界を確保する中、本当に雨は止むのだろうかという不安が胸をよぎる。でも、訪問場所に近づくにつれて、予報よりも少し早く、あれほど激しかった雨脚が弱まっていくのがわかった。空が、少しだけ明るくなる。私の選択が、秩序が、正しかった。小さな勝利だった。

現地はぬかるみ、完璧とは程遠い状況だったけれど、オーニングを広げると、待っていてくれたかのように、人が集まってきた。

「おお、千夏ちゃん! 台風みたいな雨だから、今日はないかと思ったけど、来てくれたんだなあ!」

「雨だから、ずっとおうち。つまんなかったの。本、読める?」

その声が、私の秩序だった決断に、あたたかい血を通わせていく。そうだ。私は、手続きと予測を積み重ねて、この人たちの「待っていてくれる」という気持ちに応えるために、ここに来たんだ。

メアリー・ストルツの絵本“Storm in the Night”のように、外がどんな嵐でも、ページをめくれば、そこには別の世界が広がっている。私が提供しているのは、紙の束だけじゃない。この混沌とした現実から、一時だけ身を守るための、小さな避難所シェルターなのだ。

今日の業務日報は、きっといつも通り、乾いた言葉で埋め尽くされるだろう。でも、私の心に記録されたのは、雨音に混じって聞こえた「ありがとう」という声と、雲の切れ間から差し込んだ、束の間の光。

私の完璧な計画は、雨上がりのぬかるみに少しだけ汚された。けれど、心の中には、分類不能な、とてもあたたかい感情が広がっている。

これは、日記という名を借りた私の記憶。

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
移動図書館日記
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