お題002. たい焼きの切り身

築四十年の木造アパート「メゾン干物箱」の二階には、昼下がり特有の、煮出したはぶ茶のような香ばしくて気怠い匂いが漂っている。

西日が腰をかがめて、破れた障子の隙間から差し込み、畳の上に細長い光の鍵盤を描く。

その光の上で、馬楼とひなが向かい合って座っている。二人の間には、商店街で買ってきたばかりの、まだ温かい天然物(?)のたい焼きが一匹、皿の上に横たわっていた。

「よく聞きな、ひな。一匹を二人で分ける。言葉にすりゃ美しい助け合いだが、これほど残酷な所業もねえ」

馬楼は、部屋着にしている色褪せた朱色の甚平の袖をまくり上げ、エア扇子でたい焼きの腹のあたりをなぞった。

「真ん中でちぎるってことはだ、こいつの『物語』を断ち切るってことだ。頭から尻尾へ流れるはずだった味のグラデーション、あんこの濃淡、皮の厚みの変化……それら一切合切『はい、こっちが頭、こっちが尻尾』と強制的にぶちっとな。俺たちは今、たい焼きという一つの宇宙を破壊しようとしてるんだぜ?」

「……で? ビッグバンしないなら、私が全部食べますけど」

ひなは、馬楼の講釈を右から左へ受け流しつつ、丁寧に消毒した指先でたい焼きのふちに触れた。熱さの確認というより、獲物の急所を探る手つきだ。

「早まるなぃ。俺が言いてえのは、この切断線にこそ、人間のごうが出るって話だよ。脳みそたっぷりな『頭』を奪う強欲か、身の詰まっていない『尻尾』を甘んじて受ける自己犠牲か……。あるいは、尻尾のカリカリこそ至高だとうそぶいて、あえて貧相な方を選ぶ通人ぶった態度か。どっちに転んでも、ここには格差が生まれる」

「考えすぎです。単に、あんこが好きか、皮が好きかだけの話」

「それが浅いってんだよ。この分断は後戻りはできねえんだ。一度割っちまえば、もう二度と……」

「はい、不可逆」

ひなは馬楼が言い終わる前に、たい焼きの頭と尻尾を両手で持ち、迷いなくパカッと二つに割った。湯気と共に、甘いあんこの香りがふわりと二人の間に広がる。

「あっ! お前、俺の宇宙を!」

「私は通人ですから、カリカリの尻尾をいただきますね。はい、強欲な頭」

甘いものに目がないはずのひなだが、あんこがはみ出しそうな頭の部分を、馬楼の手に押し付ける。

「……一番いいとこじゃねえか」

「私は胸焼けするので、尻尾で十分なんです」

馬楼は、「俺に譲ったな」と言う言葉を、野暮だとすんでのところで飲み込んだ。

「へいへい、強欲で悪かったな」

ずっしりと重い頭の部分を、馬楼が口に放り込む。

「……熱っ、熱ぅっ」

「ふふ、猫舌」

ひなは尻尾の先を小さく齧り、カリッという軽快な音をさせて満足そうに目を細めた。

隣の部屋から、テレビのワイドショーの音がくぐもって聞こえてくる。

平日の午後三時。半分こになったたい焼きと、半分こになった罪悪感。世界で一番、生産性のない、けれど満ち足りた時間が、古びた畳の上をゆっくりと流れていった。

作・千早亭小倉

●馬楼とひなの物語(Kindle版)

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
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