移動図書館日記(8)

これは、日記という名を借りた私の記憶。

某月某日

湖のほとりのブックカフェ『シズカ』。そのドアを開けた瞬間、私は自分の座標軸が、ほんの少しだけ歪むのを感じた。

レコードから流れる抑制の効いたピアノ。磨かれた床を滑っていく、湖の反射光。カウンターの奥で、黙々とカップを磨く中野小春さん。窓辺で本に目を落とす、氷上静さん。そこには、私の信じる図書館の「静寂」とは違う、もっと密度の高い、穏やかな時間が流れていた。あらゆるものが完璧に分類され、管理されているわけではない。ただ、あるがままに、そこにあることを許されているような、不思議な均衡。

私はその均衡を破る侵入者だった。息を切らせて、完璧な状態の『ココアン村鳥瞰絵図』を求めている、と早口で告げる。子供たちに見せるのだから、破れも書き込みもない、発行された時のままの、美しい資料でなければならない。そう、信じていた。信じようとしていた。一点の傷もない過去だけを切り取って見せることが、あの記憶から子供たちを守る唯一の方法であるかのように。

カウンターに広げられた地図を見たとき、私の世界は、静かに音を立てて崩れた。画鋲の跡。赤いクレヨンの線。だれが書いたのか、『ぼくのひみつきち』という、たどたどしい文字。それは、私の分類棚のどこにも収まらない「混沌」そのものだった。資料としては、失格。私の防衛線は、いとも簡単に破られてしまった。

「この赤い線や、秘密基地の文字も、この地図が生きてきた時間の一部だと思うんです」

小春さんの言葉は、インクが和紙に滲むように、ゆっくりと私の心に広がった。そのインクは、黒色のようでもあり、また、色をもたないただのしずくのようでもあった。

サン=テグジュペリの『星の王子さま』を思い出した。王子さまが自分の星に置いてきた一輪のバラを大切に思うのは、そのバラが、彼が水をやり風から守り手間をかけた、世界でたった一つのバラだから。庭に咲き誇る何千もの美しいバラとは、全く違う。

この地図も、きっとそうだ。誰かの指が触れ、画鋲で壁に留められ、クレヨンで冒険の軌跡が書き込まれた。心が通った、世界でたった一枚の地図なのだ。私が求めていたのは、誰にも愛されたことのない、ガラスケースの中の完璧なバラだったのかもしれない。傷つくことを恐れるあまりに。

拙い文字で書かれた『ぼくのひみつきち』。その言葉の響きに、胸の奥がちくりと痛んだ。以前の私なら、「この秘密基地を探しに行こう!」なんて言って、子どもたちよりも自分がいちばんはしゃいでいたかもしれない。

私は、繕われた地図を受け取った。それは、ただの紙の地図ではなかった。失われた時間と、誰かの小さな冒険の記憶が詰まった、重くて、温かい物語の束だった。私の硬直した分類法では、まだうまく整理できないけれど。

図書館に戻る湖畔の道で、私はそっと地図を広げてみた。クレヨンの赤い線は、今はもう湖の底に沈んだ、小さな商店街を指していた。

これは、日記という名を借りた私の記憶。

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
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移動図書館日記
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