これは、日記という名を借りた私の記憶。
某月某日
この日も運行計画は完璧だった。東風公園の仮設団地。物資配布の時間と重なることは事前に把握していた。だから、いつもより30分早く到着し、混乱が始まる前に設営を完了させる。それが私の立てた、揺るぎないはずの秩序。私の仕事は、予測不能な現実の中に、定刻通りに運行される列車のように、確かな座標軸を置くことだ。
けれど、ロマコメ号が角を曲がった瞬間、私の描いた細かいスジはあっけなく粉砕された。公園へ続く道は、物資を待つ人の列と、それを運ぶトラックで完全に塞がれている。クラクションの音、ざわめき、行き場のない人々の視線。そこは、私が最も避けたいと願う、巨大な混沌の渦だった。
『状況判断:これ以上の進入は二次災害を誘発する危険性あり』
『結論:当該巡回ポイントにおける本日の活動は中止とする』
脳内で、冷静な自分が報告書を作成していく。でも、胸の奥では、計画が破られたことへの苛立ちと、あの日の避難所の、同じように先の見えない喧騒が甦ってきて、息が苦しくなった。
結局、私たちは次の巡回先……きさらぎタウンの外れ、開発が進む復興住宅エリアへ向かうしかなかった。失われた秩序を取り戻すように、私はいつもより早くオーニングを広げ、いつもより完璧な直線に本のコンテナを並べた。これが私の抵抗。私の防衛線。
その、はずだった。
準備を終えてほどなく、一台の軽自動車が、設営場所から少し離れて停まった。見覚えのある顔が、二人、こちらへ歩いてくる。東風公園の仮設で、いつも一番に来てくれるおかあさん(と、私が呼んでいるおばあちゃん)たちだった。
「千夏っちゃん、ごめんねえ! 今日は入れなかったでしょう、私らのところは。だから、こっちにいるだろうなって、来ちゃったよ」
そう言って、彼女たちは数冊の本を差し出した。私の頭の中の索引が、意味もなく回転を始める。
『分類:予定外返却』
『場所:返却予定エリア外』……。
「だって、返しとかないと、他の人が読めないじゃない、ねえ」
悪戯っぽく笑う、しわの刻まれた顔。私の完璧な運行計画も、リスク管理も、この人たちの、ただ「次の人のために」という、あまりにシンプルで温かい理由の前では、何の意味も持たなかった。
不意に、なかがわりえこさんとおおむらゆりこさんの絵本『ぐりとぐら』を思い出した。森で大きなたまごを見つけた、のねずみのぐりとぐら。大きすぎて巣に持って帰れない。計画は、そこで破綻したはずだった。でも、彼らはその場でかすてらを作ることにした。その匂いにつられて、森じゅうの動物たちが集まってきて、みんなでかすてらを食べる、大きなパーティーになった。
私も同じかもしれない。最初の計画通りにはいかなかったけれど、会えないはずの人に思いがけず会えた。私の小さな秩序が壊れた場所に、もっと大きくて、あたたかい、予測不能な「おはなし」が生まれた。
(以前の私なら、「きゃあ、 嬉しいっ!」って、きっと彼女たちの手を握って、一緒にはしゃいだだろうな……)
今の私には、貸出記録ノートに二人の名前を書き込みながら、「……ありがとうございます。でも、ご無理なさらないでくださいね」と、かろうじて声を絞り出すことしかできなかった。
今日の業務日報には、この出来事をどう記録すればいいのだろう。「返却予定エリア外における、別エリア利用者の返却対応、2件」。そんな乾いた言葉では、わざわざ車を飛ばして会いに来てくれた、彼女たちの笑顔を記録することなんてできない。
この出来事は、まだ分類不能。でも、それでいい。私の書棚に、また一つ、行き場所の決まらない、けれどとても大切な本が差し込まれた。
これは、日記という名を借りた私の記憶。
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