ものがたり屋

崩れた物語を編み直す、消える路地の聖域

椎名町3丁目。昭和の幻影を上映し続ける映画館「まひる座」と、潮騒の匂いが染み付いた居酒屋「海」。その狭間に、大人一人が肩を窄めてようやく通れるほどの細い路地がある。その先にある蔦に覆われた築六十年の古民家こそが「ものがたり屋」である。

この店には看板がない。ただ、錆びついたインターホンの脇に「あなたの物語、聴きます」と書かれた古びたシールが貼られているだけだ。ここは、誰でも入れる場所ではない。道に迷い、己の言葉を失い、人生という物語の糸がもつれて解けなくなった者だけが、ふとした拍子に辿り着く「消える路地」の終着点である。

傷を慈しむ、金継ぎの空間

店内には、叩きの土間が広がり、外界の喧騒を遮断する。壁一面に並んだ薬棚のような小さな引き出しには、かつての客たちが置いていった「物語の断片」が眠っている。

ものがたり屋は、何かを解決する場所ではない。 ただ、縺れた糸を解き、再び歩き出すための「余白」を、おはぎの甘さと肌の温もりとともに提供する場所である。

静寂を編む、三人の調律者

重い引き戸を開けると、使い込まれた廃材の一本板カウンターが客を迎える。ここで客を待つのは、三つの異なる「体温」である。

真田まる(まるさん) 店主であり、物語の編み手。カウンターで隣り合い、柔らかな京都弁で客の言葉を拾い上げる。彼女は単なる聞き手ではない。客が吐き出す後悔や、形にならない祈りを、肌の温もりとともに受け止め、壊れた物語を美しい織物へと編み直していく。

真田まる
氏名:真田さなだまる年齢・性別: 29歳・女性肩書: 「ものがたり屋」店主、生活の中に詩を見出す人「あんさん、その重たい荷物、ちょっとここに置いていきはったら?」「泥のついた靴のままでも、ええんよ」椎名町3丁目の、地図から消えかけた路地裏で...

おはぎはん 店に漂う甘い匂いの主。客が物語に溺れすぎないよう、絶妙なタイミングで茶を淹れ、自慢のおはぎを差し出す女性である。彼女の存在は、重苦しい告白の場に「今、ここにある生」の喜びを添える。その包容力のある微笑みと実直な手仕事が、ものがたり屋の土台を支えている。

おはぎはん
氏名:おはぎはん(本名は「宏原こはぎ」)年齢・性別: 22歳・女性肩書: ライター(現場主義のジャーナリスト)、劇団「かもかも」女優「こんなん、面白くないやん!」 と、相手の懐に土足で踏み込む直線的な関西弁が特徴の若手ライター。赤毛のベリー...

椎名町助(助さん) 二階の「観測塔」に潜む影。膨大な書物と古い紙の匂いに囲まれ、一階の気配を静かに見守っている。彼はけっして表に出ることはないが、その「背景」としての存在感が、この場所に世界の終わりを笑い飛ばせるような、奇妙な安心感を与えている。

椎名町助
氏名:椎名町助(しいな まちすけ)年齢・性別:40歳・男性肩書:作家椎名町3丁目の古民家「ものがたり屋」の二階で暮らす。仲間内からは天才肌と評された作家だったが、今は他人の人生を特等席から眺めるような、一歩引いた立場を好んでいる。理不尽な出...

おはぎはん
おはぎはん

わいと、まるさんと助さんの話、読んでってぇな。

ものがたり屋

スケッチ「小説はオワコンか?」

池袋から数分、幻の椎名町三丁目から広がる架空の村「ここあん村」の記録。千早亭小倉による掌編、コント、移動図書館の活動日記を掲載。
ものがたり屋

【外部】掌編(ものがたり屋)

「ものがたりをひとつだけ」人気のケーキ店主・丹波りんが、「あなたの物語、聴きます」と掲げる女、真田まるの営む古民家を訪れる。りんは、自分が作った漆黒のムースを「一番の毒」としてまるに味見させる。まるは、その味が純粋な心を破壊した「罪の味」だ...
ものがたり屋

掌編「椎名町助とおはぎまる」

第1編:居酒屋『海(うみ)』の濁り酒椎名町3丁目の夜は、古びた毛布のように重たくて温かい。居酒屋「海」の暖簾をくぐると、揚げ物の匂いと安酒の蒸気が、町助まちすけの青い帽子を優しく包んだ。彼はカウンターの隅に座り、お通しのポテトサラダを箸の先...
ものがたり屋

掌編「おはぎはんの錯覚」

表通りから一本外れたパチンコ屋の裏口。派手な刺繍の入ったスカジャンを着た男が、何か黒い物体を拾い上げると、無造作に植え込みの奥へ放り投げた。缶コーヒーの空き缶に違いない。男は、吸っていた煙草の火を、唾で濡らした指で揉み消し、その吸い殻も同じ...