コント「1997年のミッシング・リンク」

ようこそ、もうひとつの都の西北、「ここあん大学早稲田キャンパス」へ。 ここは最高峰の知性が、明日のパン代のために浪費される、都会のエアポケット。世界の危機より家賃が重い、愛すべき社会不適合者たちの日常劇。カビと珈琲香る地下室で、彼女たちの無駄に洗練された足掻きをご笑覧あれ。

場所:ここあん大学早稲田キャンパス・中庭(鬱蒼とした木々と赤レンガの壁際)

登場人物
花野環奈(古生物学):地面と平行になることで精神の安定を保つ女。今日も服の汚れを「フィールドワークの勲章」と呼ぶ。
平泉慧(理論物理学):重力に逆らって立つことすらエネルギーの無駄だと考える女。日光が苦手。

状況:昼下がり。環奈が地面に這いつくばって何かを見つけ、慧がそれを立ったまま見下ろしている。


神田川からの湿った風が吹き抜ける、ここあん大学の中庭。樹齢不明の大木が影を落とし、地面は湿った土と苔、そして数十年分の学生たちの吸い殻や落とし物が堆積した「現代の地層」を形成している。

(環奈が、赤レンガの建物の基礎部分、苔むした地面に顔をこすりつけるようにして這いつくばっている。慧は、日傘をさしてその横に棒立ちしている)

環奈:……あったわ。

:何か知らないけれど、おめでとう。で、私はあと何分、直射日光を浴び続ければいいわけ? 私の肌のメラニン色素が悲鳴を上げているんだけど。

環奈:(土まみれの指で慎重に土を払いのけながら)今、歴史的な発掘の瞬間なの。見て、この美しい流線型。明らかに自然界の造形じゃない。

:……ただのゴミじゃないの? 形状から推測するに、ポリエチレンテレフタレートの残骸か、酸化したアルミニウム缶の成れの果てね。エントロピーが増大しきった姿よ。

環奈:この埋まり方は、意図的な埋葬よ。地層の年代測定……土の硬さと苔の厚みからして、およそ完新世後期、西暦で言うところの1990年代後半の層だわ。

:30年前を地質年代で語らないでくれる? 誤差の範囲よ、誤差。

環奈:(小さな白い卵型の物体を拾い上げる)見て。卵よ。

:……卵?

環奈:石灰化しているけれど、間違いないわ。3つの突起物が付いている。これは、当時の学生たちが崇拝していた、シリコンベースの人工生命体の繭ね。

:(日傘の下から覗き込み)……それ、「たまごっち」じゃない。

環奈:静かに! 名前を呼んではいけないわ。彼らは名前を与えられることで存在を確立し、そして世話をされなければ死滅する、非常に業の深い生命体だったのよ。

:ただの液晶ゲーム機よ。ボタン電池が切れれば終わり。物理現象として非常にシンプルだわ。

環奈:(本体についた泥を優しく拭き取りながら)いいえ、これは「死」の標本よ。見て、画面の跡が黒ずんでいる。この個体は、餌を与えられず、糞の処理もされず、持ち主のリュックの底で孤独に電子の海へ還ったの。

:やめて。その具体的な描写、なんか胸に来るものがあるから。私たちが先週出した学会の予稿集が誰にも読まれずにシュレッダーにかけられるプロセスと位相が似すぎている。

環奈:裏蓋が……錆びついて開かないわ。中の情報は完全に化石化している。ねえ慧ちゃん、この子の最期の姿、観測できるかしら?

:無理ね。シュレディンガーの猫と同じよ。蓋を開けて通電するまで、その電子ペットは生きているとも死んでいるとも言えない。もっとも、30年放置された回路に電流を流したら、抵抗値の異常で即座に熱死するでしょうけど。

環奈:そう……じゃあ、このままにしておきましょう。永久凍土の中で眠るマンモスのように。

:それがいいわ。過去の遺物を掘り起こしても、ロクなことにならないのは物理学も歴史学も一緒よ。

環奈:(地面に再び埋め戻そうとして、ふと手を止める)ねえ。

:何?

環奈:もし私たちが、誰かに飼育されている「たまごっち」の中の存在だとしたら……今の私たち、ちゃんと世話されているのかしら?

:……少なくとも、「給料」という名の餌は与えられていないし、「論文受理」というご褒美イベントも発生していないわね。

環奈:……。

:……。

環奈:……埋めましょう。深く。

:ええ。私の絶望も一緒に埋めてちょうだい。

(環奈、無言で土をかけ始める。慧、日傘を傾け、その小さな墓標に影を落としてやる)

環奈:ねえ、電子の幽霊って、やっぱり電気羊の夢を見るのかしら?

(木々のざわめきだけが答える)

(幕)

作・千早亭小倉

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
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