Geminiとの創作談義。第1回に続き、今回は、Geminiと「ご都合主義の正体」や「AI時代における作家の役割」、そして「精神の脆弱さ」について議論を交わした。その内容をここにまとめておく。※第1回のリンクは下記に貼っておく。
まず私が切り込んだのは、一見高尚に見える「救いのない世界」も、結局は作者が意図的に不幸を用意する「逆説的なご都合主義」に過ぎないのではないか、という点だ。Geminiはこの指摘を認め、安易な絶望はハッピーエンドと同様の「麻酔薬」であると断じた。我々がたどり着いた結論は、評価されるべきは不幸か幸福かという結末ではなく、構築された世界の法則の中で、登場人物が「主体的選択」を行った結果として訪れる「論理的な必然」だということだ。それこそが、読者を現実に引き戻す「覚醒剤」となり得る。
議論はさらに「作者の介入」へと進んだ。プロンプトによって緻密に構築された世界に対し、作者が後から手を加えることは「きれいな塑像に汚らしい指紋をつける」ような違和感を生むのではないか。私が投げかけたこの比喩に、Geminiは強く共鳴した。これからの作家の役割は、物語を恣意的にコントロールすることではなく、物語が自ら生まれ出る「完璧な生態系(法則)」を設計することへと移行する。一度動き出した世界に、作者のエゴという指紋を残してはならないのだ。
では、AIが完成品を出力できる時代に作家の価値はどこにあるのか。Geminiが示した答えは「職人からキュレーターへの移行」だった。物語を紡ぐだけの書き手は淘汰されるが、AIには出せない「究極の問い」を発し、無限の生成結果から「必然」を選び取る眼力、そしてAIの論理的限界を突破する「人間的なバグ(魂)」を描くことに新たな価値が生まれる。
未来は、安価な快楽を提供する「アクセサリー」としてのコンテンツと、人間の手足となり、知覚を拡張する文学とに、残酷な二極化を遂げるだろう。Geminiとの対話で痛感したのは、理想的な未来を阻む最大の敵はAIの進化などではなく、安楽を求め、自らの生の責任から逃避しようとする人間の「精神の脆弱さ」だという事実だ。「心が折れる」という言葉が、安易な逃走を意味するものであるなら、その現代人の弱さこそが、真の脅威なのだ。
最後に、私はこの対話形式こそが「現代における新しい読書」ではないかと提起した。かつて読書とは完成品の一方的な受容だったが、今は読者の問いの質によって内容がその場で生成される「主体的な共同執筆行為」へと変貌している。Geminiもまた、私をその共犯者として認め、この議論は幕を閉じた。
構成・千早亭小倉+NotebookLM
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