こんばんは、千早亭小倉です。
私たちは小説を読みながら、「なんとなく面白い」で満足しがちですが、作者が「なぜ」その表現を選んだのか、その「仕掛け」に気づくことで、読書体験はゲームのようにスリリングなものに変わります。
それでは、物語の「仕掛け」を味わうための短期集中講義を始めましょう。リラックスして、コーヒーでも片手にお付き合いください。
早速ですが、初回となる今夜は、私たちが当たり前だと思っている「現実」と「非現実」の境界線を、作者がいかにして巧みに溶かしていくか、その「仕掛け」についてお話しします。
1. 「奇跡」が起きても誰も驚かない世界
【例】 ある朝、あなたが目を覚ますと、亡くなったはずの曽祖父さんが食卓に座って新聞を読んでいます。あなたは腰を抜かすでしょう? ですが、もしあなたの母親が「あらおじいちゃん、おはよう。今朝はパンにする? ご飯にする?」と、ごく当たり前に尋ねたとしたら?
【概念】 これは**「マジックリアリズム(魔術的リアリズム)」**と呼ばれる手法です。
この手法のキモは、「幽霊が出る」という超自然的な現象そのものではありません。 ポイントは、「それが起きても、登場人物たちが誰も驚かないこと」、その淡々とした「態度」にあります。
空から魚が降ってきても、人々は「今夜はお吸い物にしよう」と網を持って駆け出す。私たちが「異常」だと思うことを、彼らは「日常」として処理してしまう。 この「態度のズレ」こそが、現実と幻想の境界線を曖昧にし、物語に独特の浮遊感と——不思議なことに——妙な「リアリティ」を与えるのです。
【他の例】
- レジで支払うと、財布からお金の代わりに色とりどりの蝶々が飛び出し、店員がそれを当たり前のように数えて受け取る。
- ある一族の子供が、生まれつき「豚のしっぽ」を持って生まれてくるが、家族はそれを「ちょっと変わった個性」として普通に育てる。
2. 現実が「ほんの少しだけ」ズレる感覚
【例】 あなたは、いつもの通勤電車に乗っています。見慣れた吊り広告、いつもの駅名。ですが、ふと気づくと、車両に乗っている乗客全員が、一人の例外もなく、まったく同じ「無表情な顔」をしていたとしたら……。
【概念】 これは「スリップストリーム」と呼ばれる手法、あるいは感覚を指す言葉です。
マジックリアリズムが「非日常の日常化」だとしたら、こちらは「日常の非日常化」とでも言いましょうか。 SFのように宇宙人が攻めてきたり、ファンタジーのようにドラゴンが出たりするわけではない。あくまで「現実」の延長線上にありながら、どこか「奇妙」で「ズレている」。
読者は「これは一体どういうことだ?」と説明を求めますが、作者は明確な答えを与えてくれません。このジャンルの「すきま風」のような、ゾクッとする居心地の悪さこそが、スリップストリームの醍醐味です。
【他の例】
- 買い物を終えてデパートから出たら、さっきまであったはずの巨大な時計台が忽然と消えていた。しかし、道行く誰もそのことに気づいていない。
- ある日を境に、街から「犬」という存在だけが(人々の記憶からも含めて)完全に消え失せてしまう。
いかがでしたか? 作者たちは、このようにして私たちが安住している「現実」の足元を、巧みにすくおうとします。 次回は、今いる「場所」や「見慣れた風景」に隠された仕掛けについてお話ししましょう。
(第2回に続く)
千早亭小倉(作家/話紡庵所属)
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