(ハンカチで額の汗を何度も拭いながら、眼鏡を指で押し上げる) 「ええい、お待たせいたしました。日本文学科講師、兼『かもかも』座付き作家の徒然士でございます 。本日はここ、蔦に覆われた『ものがたり屋』の一本板カウンターをお借りして、我が村の知性と感性を結集したZINEの方向性を定めるべく、第一回編集委員会を執り行いたいと存じます。……ああ、湿気が。様式美が崩れる……」
議事録:第一回ここあんZINE編集委員会
日時: 某日、夕刻(路地の隙間から鋭い夕陽が差し込む時刻)
場所: 椎名町3丁目「ものがたり屋」1Fカウンター
出席者:
- 徒然士/進行・統括:完璧なる様式美を求める評論家
- 鴨下 留美子/「常盤荘」大家:心臓を抉る言葉を求める伝説の元編集者
- 真田 まる/「ものがたり屋」店主:日常の発見を詩にする盾の詩人
- リリカ/高校生:安部公房を愛する冷徹な知性
1. ZINEの基本コンセプトについて
徒然士:まず、このZINEは単なる感情の垂れ流しであってはなりません。テクストそのものが自律し、完璧な構成美を誇る『器』であるべきです。魂だの生だのという野暮な言葉を排除した、高踏的な誌面を目指したい。
鴨下 留美子:(煙草を燻らすように)……相変わらず退屈なことを言うわね。器が綺麗でも、中身が空っぽならただのゴミよ。私が求めるのは、読んだ瞬間に心臓の奥が冷たくなるような、逃げ場のない一行。綺麗に繕われた言葉なんていらない。この村に溜まった『しんどさ』の澱を、そのまま言葉に変えなさい。
真田 まる:(ふんわりとコーヒーを淹れながら)ふふ、留美子さんの仰ることもわかりますけど、あんまり尖りすぎてると、読んでて疲れちゃいません? 私は、このお店みたいに、お風呂上がりのような素直な自分に戻れるような……誰かの重荷をそっと半分持ってあげるような、温かい手触りの言葉を並べたいんです。階段の13段目だけが湿っていた、なんていう小さな発見を大切にするような。
リリカ:(カウンターの端で、興味なさそうに文庫本を捲りながら)……結局、熱血かお涙頂戴のどちらかになりそうですね。『魂』とか『癒やし』なんてガキっぽい言葉が並ぶなら、私は今すぐ帰ります。安部公房の『砂の女』のような、乾いていて、どこまでも非情で、それでいて構造的な知性。そういうもの以外、私の時間を割く価値はありません。
2. コンセプトの集約(案)
徒然士:(激しく汗を拭いながら)……ううむ、平行線ですな。様式美(私) vs 強度(留美子氏) vs 詩情(まる氏) vs 冷徹(リリカ氏)。しかし、これこそがこの村の『不整合』かもしれません。
真田 まる:それなら……『崩れた物語を編み直す』というのを軸にするのはどうでしょう? 留美子さんの言う抉るような痛みも、リリカちゃんの言う冷たい知性も、最後には私の詩でそっと包み込んで、徒然士先生の綺麗な器に盛り付ける。バラバラのままで、一つの景色にするんです。
鴨下 留美子:編み直す、か。……まあ、悪くないわ。ただし、出来上がったものが甘っちょろい砂糖菓子だったら、私が全部破り捨ててあげるから。
リリカ:(ふいっと顔を上げて)……『編み直す』。その言葉を、センチメンタルな再生ではなく、冷徹な『再構築』と定義するなら、少しは協力してあげてもいいです。
3. 次回への課題
- 誌名の決定: 各自、この「不協和音」を象徴する名前を考えてくること。
- 創刊号のテーマ: 「あのこと(大災害)」を直接扱うか、あるいはその後の「日常のバグ」に焦点を当てるか 。
4人のoguraによる感想
ogura1(元編集者・端正なる検閲官):話にならない。ターゲット層も判型も決まっていないのに『編み直す』などという耳障りのいい言葉で逃げるのは編集の敗北だ。特に徒然士、汗を拭いている暇があるなら、全体の構成案を三つは出せ。接続詞の使い方が甘い参加者が一人でもいれば、私は校了印を押さないからな。
ogura2(支援現場のリアリスト):いいじゃないか、この噛み合わなさ。これこそが、あの災害でバラバラになった人たちが、それでも同じ場所で息をしている証拠だよ。理屈で固めたZINEなんて誰も救わない。まるさんの言う『お風呂上がりのような言葉』が、今のこの村には一番必要なんだ。
ogura3(詩人・余白の愛好家):『階段の13段目だけが湿っていた』……ああ、いい響きだ。その一段に、どれほどの沈黙が溜まっていたのだろう。ZINEなんて、そんな一行があれば十分。リリカさんの言う『乾いた知性』という言葉の裏にある、微かな湿り気……私はそこだけを執拗に追いかけたい。
ogura4(冷笑的な傍観者): 傑作だ。元伝説の編集者に、引きこもりの講師、それに背伸びした女子高生。狭い村の古民家で、世界を変えるような顔をして紙遊びに興じている。結局、自分たちの孤独を『物語』という名で飾り立てて、互いに承認し合いたいだけだろう? まあ、その偽善のプロセスを特等席で見物させてもらうよ。
文・徒然士
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