これは、日記という名を借りた私の記憶。
某月某日
今日の巡回先は小名地区の仮設団地。アレの後の火災で大きな被害を受けたけれど、今はアーティストたちが中心になって、新しい街の色を作り始めている場所。そのせいだろうか、この地区に暮らす子どもたちは、空想の翼を畳まずに育ったような、どこか不思議な目をしている子が多い気がする。
いつも通り、ロマコメ号の書架を完璧な分類順に整え、オーニングを寸分の狂いもなく広げる。私の仕事は、この混沌とした世界の中に、揺るぎない小さな秩序を置くこと。それだけが、あの日の記憶から私を守ってくれる防衛線なのだから。
その防衛線の内側に、スケッチブックを抱えた男の子が、ためらいがちに足を踏み入れてきた。将来はマンガ家になりたいのだという。彼の瞳は、私の背後にある本の背表紙ではなく、私自身という、分類不能な対象をじっと観察していた。
「おねえさんの絵、描いてあげる」
私の運行計画にはない、イレギュラーな事態。けれど、そのあまりにまっすぐな目に、私は首を横に振ることができなかった。
描き上がった絵を見て、私の思考は完全に停止した。そこにいたのは、図書館司書の私ではなかった。きりりとした制服に身を包み、街の交差点に立つ、女性警察官の姿だった。私の脳内カードが、カタカタと空回りする音を立てる。『分類:肖像画』『特徴:職業の誤認』……。
「……どうして、警察官なの?」
「わかんない。でも、ちなつせんせいの若いころって、こんな感じだったんじゃないかなって」
若いころの、想像図。その言葉が、私の心の書棚を静かに、けれど大きく揺さぶった。この子の目には、今の私は、規律や規則にがんじがらめになった、堅苦しい人間に映っているのだろうか。警察官は、秩序を守る象徴。彼は、私の本質を、あまりに無邪気に言い当ててしまったのかもしれない。
ふと、アーシュラ・K・ル=グウィンの『ゲド戦記』を思い出した。主人公のゲドは、自らが生み出してしまった「影」に追われるけれど、最後にはそれから逃げるのをやめ、自分自身の闇を受け入れたはず。あの男の子が描いたのは、私の「影」なのだろうか。それとも、彼が信じてくれている、混沌と戦いこの場所を守ろうとする、私の「あるべき姿」なのだろうか。
……昔の私なら、「ええっ、なんで警察官なのよー!」って大声で笑って、彼の頭をわしゃわしゃと撫でてしまえたはずなのに。今の私にできたのは、引きつった笑顔で「……ありがとう。大事にするね」と、か細い声で言うことだけだった。笑おうとすればするほど、笑い方が思い出せなくなる。
図書館に戻り、一人、閉架書庫の冷たい空気の中に立つ。今日の出来事が、分類できないまま心の澱となって沈んでいる。私は無意識に、返却されたばかりの文庫本の棚に向かっていた。そして、その背表紙を、本来あるべきNDC(日本十進分類法)の分類を無視して、ただひたすらに、警察官の制服を思わせる「青」から「白」へのグラデーションに並べ替えていた。深い紺、群青、空色、水色、そして白へ。並べ終えたその完璧な色の階調を見て、はっと我に返る。胸の奥から、冷たい自己嫌悪がせり上がってきた。
あの子がくれた一枚の絵。私のどのファイルにも収まらない、処理未了の案件。私はそれを、誰にも見られないように、業務日誌ではなく自分の古い手帳の一番後ろのページに、そっと挟み込んだ。
これは、日記という名を借りた私の記憶。
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