移動図書館日記(26)

これは、日記という名を借りた私の記憶。 

某月某日

今日の巡回先は、ボストー区の復興住宅エリア。ロマコメ号のオーニング(日よけテント)の下で貸し出し準備をしていたら、常連のおかあさんから集会所の中に招かれた。

「外、寒いでしょう?」

「ここで、あったまっていくといいさ」

「寒くなってきたねえ。この間まであんなに暑かったのに」

いつもの利用者さんたち。その会話は、やがて「冬の暖房」の話題に移っていった。私の頭の中の索引が、また勝手に動き出す。

『分類:生活』『キーワード:高齢者、暖房器具』と。

「エアコンの風は体に悪い」とか「石油ストーブが一番だ」とか、そういう話になるに違いない。私の書棚にある「お年寄りの暮らし」のファイルには、そう分類されている。

でも、聞こえてきたのは、私の予測を裏切る言葉たちだった。

「どの仮設もエアコンがあるからいいよな。乾燥したら、飴玉なめればいいんだよ、のど飴」

「俺は朝、水をいっぱい飲むぞ。それが一番」

私の築いた秩序は、カタンと音を立てて揺れた。分類エラー。彼らは「エアコン嫌いなお年寄り」という分類記号なんかじゃなく、ただ、今の環境の中で、自分なりの快適さを見つけている「個人」だった。

ふと、向田邦子さんのエッセイを思い出した。『父の詫び状』だったか、彼女が描く人々は、決して「昔の人」という一つの型にはまらない。強情だったり、見栄っ張りだったり、妙なこだわりがあったり。しがらみの中でも、個性的で自分だけのルールを大切に生きている。今、目の前にいるこの人たちも同じだ。「のど飴」という具体的な解決策。「俺は水だ」という、誰にもすぐに真似できる、その人なりの知恵。私の狭い分類棚には収まりきらない、豊かで厄介な生きた物語。

「のど飴、何味が好きですか?」なんて、厚かましく話の輪に飛び込めるはずもなく、この日の私も、黙って相槌を打ちながら、ノートに貸出記録を書き込むだけだ。

こうして人の「声」を聞くのは、少し怖い。自分の先読みの傲慢さを思い知らされるから。でも、それ以上に、どうしようもなく、楽しい。私の知らない物語が、この世界にはまだ、こんなにたくさん溢れている。業務日報には書けない。この、あたたかい分類エラーの瞬間。

これは、日記という名を借りた私の記憶。

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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