これは、日記という名を借りた私の記憶。
某月某日
ロマコメ号の活動日誌の「定性的記録」欄は、いつも埋めるのに少しだけ時間がかかる。貸出冊数という無機質な数字ではこぼれ落ちてしまう、たくさんの「声」をこの車は聞いているからだ。
この前、ボストー区の復興住宅前で聞いた言葉が、不意に胸をよぎる。あそこは、アレの前までは、ここあんの森と呼ばれる深い緑に包まれた場所だった。
「避難先は紅葉で有名なところだったけど……」と、あるおばあちゃんが、ロマコメ号の書架を眺めながら、ぽつりと言った。「ここの紅葉も意外にいいね。こんなにきれいに葉が色づくって知らなかったもの。捨てたもんじゃない」
その言葉は、まるでレイ・ブラッドベリが書いた『たんぽぽのお酒』のようだった。主人公の少年が、いつもの夏の中に、世界がどれほど驚きと発見に満ちているかを一つ一つ見つけていく、あの物語。
避難所から仮設住宅へ、さらに、森を切り開いて建てられた復興住宅への引っ越しも少しずつ進んでいる。おばあちゃんも、この移り住んだ場所で、今まで知らなかった美しさを、初めて自分のものとして発見したのだろう。その小さな驚きが、私の整然とした書棚を揺さぶる。
東風公園には大規模な仮設団地が広がる。各所の団地が集約される中、ここの区長さんの言葉は力強かった。「俺は、ここを第二の故郷にしてもいいと思ってる。ばらばらな場所から集まってきたけど、今ではみんな、家族みたいにこんなに仲良しだしな」と。
そういえば、同僚の美桜さんも言っていた。別の地区の仮設で、「俺の団地がこのあたりじゃいちばんだな」という声を耳にした、と。
私の頭の中の分類では、仮設住宅はあくまで一時的な避難場所。やがては解消され、元の秩序に戻るべきもの。でも、彼らの言葉は、その分類を軽々と飛び越えていく。ばらばらだった人々が、この混沌とした場所で、新しい「家族」という秩序を、自分たちの手で生み出している。
ジョン・スタインベックの『怒りの葡萄』を思い出した。故郷を追われ、全てを失った人々が、絶望的な旅の途中で寄り集まり、血縁を超えた「おれたち」という新しい家族になっていく。あの、どうしようもない現実の中で、それでも人間としての尊厳を失わない力強さ。東風公園の区長さんの言葉は、あの物語の響きを持っていた。
私の守りたい秩序の外側で、こんなにも温かく、力強い物語が生まれている。その事実に、胸の奥がじわりと熱くなるのを感じる。でも、その感情をうまく唇の形にできない。私はただ、その言葉たちを分類不能のまま、日誌の隅に私にしかわからない記号で書き留めるだけだ。
これは、日記という名を借りた私の記憶。
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