移動図書館日記(28)

これは、日記という名を借りた私の記憶。

某月某日

昨日は、私の完璧な運行計画ダイヤにはない、イレギュラーな一日だった。ここあん村の姉妹都市から寄贈された、新しい移動図書館車。その車で、東風公園の仮設団地を回ったのだ。運行先の規模や利用者の特徴によって、ロマコメ号と手分けできるのは、業務上非常に合理的だ。そう自分に言い聞かせた。

贈られた図書館車は、ロマコメ号よりも少し大きく、棚のつくりも違う。たくさんの工夫が詰まっているのがよくわかる。一つの完成された秩序。それでも、私が慣れ親しんだロマコメ号の、あの少し窮屈で、手の届く範囲にある秩序との違いが、一日中、私を落ち着かない気持ちにさせた。

そして、本当の「混沌」は、現地に着いてから始まった。

今回、使い方を教えに来てくださったベテランの図書館員さんが、ふいに鞄から取り出したのは、真っ白な「白衣」だった。私の頭の中の索引カードが、意味もなくカタカタと音を立てる。

『分類:司書業務』『装備:該当なし』……。

白衣を羽織った彼は、「おもしろ科学実験」と称して、あっという間に子どもたちを集めてしまった。見慣れない図書館車に、見慣れない衣裳のおじさん。子どもたちが興奮しているのがわかる。透明な液体が、別の色に変わる。泡が、勢いよく溢れ出す。そのたびに上がる、甲高い歓声。私の守ろうとする、本を読むための静謐な空間とは、まったく相容れない、予測不能な熱量。

私の仕事は、この場所に静かな秩序をもたらすこと、そのはずだったのに。

不意に、黒柳徹子さんの『窓ぎわのトットちゃん』を思い出した。あのトモエ学園では、普通の学校の「当たり前」が、すべてひっくり返っていた。授業は、好きな科目から始めてよかった。教室は、電車の車両だった。移動図書館と、どこか通じる。あの場所は、常識から外れていたけれど、子どもたちの本質的な好奇心を何よりも大切にしていた。

この日、私の目の前で起きたことも、そうだったのかもしれない。 ベテランの職員さんは、ただ本を貸し出すだけじゃない。本の中にある「不思議」や「驚き」そのものを、白衣を着て、目の前で見せてくれていたんだ。それは、私の知っている図書館サービスの秩序からは、完全にはみ出していた。

泡が溢れるビーカーを囲んで、目を輝かせる子どもたち。その輪に、どうしても一歩踏み出せない自分がいた。喉の奥で、忘れていた歓声の上げ方を思い出しそうになる。私の守ろうとしていた「静けさ」は、もしかしたら、子どもたちのあの輝きを、知らず知らずのうちに遠ざけていたのかもしれない。

「楽しい運行でした」。日報には、そうは書けない。でも、そうだった。学んだことも、多かった。私の「図書館」という分類棚が、今日、少しだけ、音を立てて広がった気がする。

この出来事は、まだ分類不能。私の心の書棚に、また一つ、行き場所の決まらない、けれど少し眩しい一冊が差し込まれた。

これは、日記という名を借りた私の記憶。

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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