移動図書館日記(35)

これは、日記という名を借りた私の記憶。

某月某日

私たちの運行に新しいスタッフが加わった。専属ドライバーのHさん。

これまで、運転は私や真木先輩が兼務していた。すべてが私の把握できる範囲、完璧な秩序の中にあった。

でも今、運転席には白いひげのHさんが座っている。図書業務に専念できるのは合理的だ。そう納得する。

Hさんは、とてもおしゃべり好きだ。巡回中、助手席の私は、いつも彼の話を聞いている。その大半は、私の分類棚のどこにも収まらない、とりとめのない「雑談」。ここあん村の昔話(これはNDC 388だ)かと思えば、昨日の夕飯の話になったりする。

この前、Hさんが「いやあ、最近、赤ずきんバーが大変でねえ」と言い出した。

「赤ずきんバー」?

私の頭の中の索引が一斉に動き出す。NDC 943(グリム童話)、あるいは 384(民俗・風俗)? それとも、メイド喫茶の類だろうか。ここあん村に、そんな場所が? 私のデータベースに存在しない。秩序の外側の事象。

(なぜそんな話を? でも、何か意図があるはず……)

私の頭は混乱していたけれど、静かに相槌を打つ。

「……大変なんですねえ」

早く情報を引き出し、この新しい事象を正確に分類しなくては。

するとHさんは、助手席の私をちらっと見て言った。

「大変だよ、『赤字の現場』はどこもかしこもね」

……あかじの、げんば。

一瞬、ロマコメ号のエンジン音だけが響いた。 私の完璧な分類システムが、ただの「聞き間違い」という、最も単純なエラーによって停止した。

喉の奥で、忘れていた笑い声の出し方を思い出しそうになる感覚。でも、うまく唇の形にできない。昔の私なら、「もう、Hさんったら!」と自分の聞き間違いを棚にあげて、声を出して笑い転げていたはず。

以前、童話の『赤ずきん』に隠された無意識の象徴を読み解こうとした本を読んだ。私はといえば、勝手に「バー」という言葉から「混沌」という象徴を読み込もうとしていた。けれども、現実は、もっとずっと切実な「生活(赤字)」の話だった。

いつもこうだ。現実の、こういう滑稽で、あたたかい「ズレ」から、いつも取り残されている。

これは、日記という名を借りた私の記憶。

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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