移動図書館日記(39)

これは、日記という名を借りた私の記憶。

某月某日

――業務日報。あの、決められた枠の中に、一日のすべてを押し込める作業が、昔からどうしようもなく苦手だ。

貸出冊数:105冊。

巡回ステーション:4ヶ所。

新規登録者数:2名。

こういう、数字で埋められる欄はいい。むしろ好きだ。数字は嘘をつかない。1は 1であり、2になることはない。完璧な秩序。私が世界に求めてやまないもの。そこには感情の入り込む隙間も、解釈の揺らぎもないから。

問題は、その下にある「特記事項」や「所感」の、あの広大な空白だ。

高島副館長に、静かな声で「君の日報は、ポエムだな」と言われたのは、いつだったか。あの時の、私の背骨を冷たい定規でなぞられたような感覚を、今も覚えている。

――ポエム。

『分類:詩。韻律やイメージを用いて、感情や情景を表現する文学形式』

『対義語:散文。日報』

……やはり、分類コードが根本的に間違っている。

いつもは綿あめみたいにふわふわしている真木先輩でさえ、驚くほど「業務日報」らしい報告書を手早く作成しているというのに。私のものは、「とりとめがない」と言われてしまう。自分では、伝えるべき「事実」を書いているつもりなのに。

たとえば、「ひだまりステーションで、新しく登録に来たタカハシさん(8)が、目を輝かせて『恐竜の図鑑、次はいつ来る?』と尋ねた」という事実。

これを、どう書けば「ポエム」ではなくなるんだろう。

「利用者(男・8歳)より、次回配本リクエスト(種別:恐竜図鑑)あり。児童の知的好奇心の高まりが観察された」

……これだろうか。確かに乾いていて、秩序立っている。でも、あの時の、男の子の指先が興奮で微かに震えていたことや、ロマコメ号を見上げる瞳に映っていた午後の雲の形まで、全部こぼれ落ちてしまう。あの日、あの場所で、本と人とが触れ合った瞬間にだけ灯る、小さなランプの光のようなもの、それは伝えなくていいのだろうか。

同僚の鈴木美桜さんから言われたことがある。

「千夏さんって、数字が好きじゃないですか。それだったら、所感の欄も数字っぽく書けばいいのに」

確かにそうなのだ。それでも、「知的好奇心の高まり」と書けない私がいる。

アレは、目に見えるものをすべて奪っていった。だから私は、目に見えないものを、失われる前に書き留めておきたいのかもしれない。それが、私の日報を「ポエム」にしている原因なのだとしたら。

副館長、すみません。私には、あの男の子の震える指先を、「知的好奇心の高まり」というラベルの貼られた索引カードに、分類することができそうにありません。

……とはいえ、「ポエム」と評されるのは、司書として、やはりどこか居心地が悪い。明日からは、もう少し……事実と情緒の間に、仕切り線を引く努力をしてみよう。

これは、日記という名を借りた私の記憶。

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

BMサブカテゴリー
higashiboctokをフォローする
タイトルとURLをコピーしました