これは、日記という名を借りた私の記憶。
某月某日
今日の巡回先、確か東風公園の仮設住宅エリアでのこと。同僚の鈴木美桜さんが、いつもの屈託のない調子で、利用者の一人であるおかあさんと話していた。
「山のほうの、廃校になった小学校あるでしょう。今度あそこでイベントがあるんですよ。でも、ここからだと、かなり遠いし。お知らせだけということで」
美桜さんの言葉は、事実だ。私の頭の中の運行計画でも、その二つの座標軸は、非効率なほど離れている。物理的な距離。分類上、正しい。でも、おかあさんの返した言葉に、私の思考は一瞬停止した。
「私はね、あの学校の体育館に避難していたのよ」
静かな、けれど、確かな声だった。
「だから、あそこは第二の故郷みたいなものなの。仮設に移ってから、一度も行けてないから。少し無理してでも、行ってみたいわね」
――第二の故郷。
私の完璧な分類棚が揺れた。「距離」という項目がエラーを起こす。私たちが測定できるのは、地図の上の物理的な距離だけ。でも、そういうものさしでは測れない「距離」がある。
あのことは、全てを混沌に変えた。図書館が避難所になり、学校の校舎や体育館が「家」になった。ただの建物だったはずの場所が、生き延びるための、切実な記憶の座標軸になったんだ。
ジョーン・G・ロビンソンの『思い出のマーニー』を思い出した。主人公のアンナが、理由もわからず、あの「湿っ地屋敷」に強く惹かれていったように。あの屋敷は、ただの古い家ではなく、アンナ自身の失われた記憶と、深く結びついた場所だった。
廃校になった小学校の体育館も、きっと同じ。おかあさんにとって、そこはただの建物じゃない。あのことという巨大な無秩序の中で、自分を繋ぎとめてくれた、かけがえのない「記憶」そのもの。
美桜さんは悪気なんてない。ただ、事実を言っただけ。でも、「遠い」という言葉の定義を、私はもう簡単には分類できない。
図書館に戻り、閉架書庫の静けさの中で地理の棚(NDC 290)を点検していた。気づくと私は、数冊の旅行ガイドブックを、表紙に描かれた「道」の形で並べ替えていた。まっすぐな道、曲がった道、途切れた道…… 。我に返り、慌ててあるべき順番に戻す。私の心の地図も、まだ、こんなにも乱れている。
これは、日記という名を借りた私の記憶。
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