移動図書館日記(43)

これは、日記という名を借りた私の記憶。

某月某日

今日の巡回先、確か東風公園の仮設住宅エリアでのこと。同僚の鈴木美桜さんが、いつもの屈託のない調子で、利用者の一人であるおかあさんと話していた。

「山のほうの、廃校になった小学校あるでしょう。今度あそこでイベントがあるんですよ。でも、ここからだと、かなり遠いし。お知らせだけということで」

美桜さんの言葉は、事実だ。私の頭の中の運行計画でも、その二つの座標軸は、非効率なほど離れている。物理的な距離。分類上、正しい。でも、おかあさんの返した言葉に、私の思考は一瞬停止した。

「私はね、あの学校の体育館に避難していたのよ」

静かな、けれど、確かな声だった。

「だから、あそこは第二の故郷みたいなものなの。仮設に移ってから、一度も行けてないから。少し無理してでも、行ってみたいわね」

――第二の故郷。

私の完璧な分類棚が揺れた。「距離」という項目がエラーを起こす。私たちが測定できるのは、地図の上の物理的な距離だけ。でも、そういうものさしでは測れない「距離」がある。

あのことは、全てを混沌に変えた。図書館が避難所になり、学校の校舎や体育館が「家」になった。ただの建物だったはずの場所が、生き延びるための、切実な記憶の座標軸になったんだ。

ジョーン・G・ロビンソンの『思い出のマーニー』を思い出した。主人公のアンナが、理由もわからず、あの「湿っ地屋敷」に強く惹かれていったように。あの屋敷は、ただの古い家ではなく、アンナ自身の失われた記憶と、深く結びついた場所だった。

廃校になった小学校の体育館も、きっと同じ。おかあさんにとって、そこはただの建物じゃない。あのことという巨大な無秩序の中で、自分を繋ぎとめてくれた、かけがえのない「記憶」そのもの。

美桜さんは悪気なんてない。ただ、事実を言っただけ。でも、「遠い」という言葉の定義を、私はもう簡単には分類できない。

図書館に戻り、閉架書庫の静けさの中で地理の棚(NDC 290)を点検していた。気づくと私は、数冊の旅行ガイドブックを、表紙に描かれた「道」の形で並べ替えていた。まっすぐな道、曲がった道、途切れた道…… 。我に返り、慌ててあるべき順番に戻す。私の心の地図も、まだ、こんなにも乱れている。

これは、日記という名を借りた私の記憶。

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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