移動図書館日記(54)

これは、日記という名を借りた私の記憶。

某月某日

ロマコメ号は、今日もいつもの巡回ルートを走る。仮設団地の集会所前。オーニングを広げ、本のコンテナを分類順に並べる、完璧なはずの秩序。私の仕事は、この揺るぎない小さな座標軸を、人々の日常にそっと置くこと。

そこへ、見慣れない男性が一人、少し遠慮がちに近づいてきた。いつも来てくださるお顔とは違う。私の頭の中の索引カードが、新しい利用者のための空白のページを開く。

「あのう」と、男性は言った。「ここの団地の者ではないし、俺自体は『アレ』で大した被害も受けてないんだけど……」

その前置きに、私の思考が一瞬停止する。

『分類:利用者』

『属性:非該当……?』

私の運行計画では、この場所は「仮設団地ステーション」。その秩序から、彼は逸脱している……?

「でも、ここあん村の住民だから、のぞいてみたんだ。前から気になっててね。俺も、借りていいの?」

その、あまりに当たり前の一言に、私は胸を突かれた。そうだ。私は、いつの間にか、無意識のうちに、人々を分類してしまっていた。「仮設住宅の人」「復興住宅に移った人」「もともとの家に住んでいる人」……。

「あのこと」は、全ての境界線を破壊し、私たちみなを「被災者」という巨大な無秩序の中に放り込んだ。だから私は、必死で新しい分類を作り直し、秩序を取り戻そうとしていた。でも、その私が作った分類棚こそが、新しい見えない壁になっていたのかもしれない。

ふと、アーシュラ・K・ル=グウィンの『闇の左手』を思い出した。あの物語の主人公は、「男/女」という私たちの持つ根本的な分類が存在しない星で、戸惑いながらも、ただ「人間」として相手を理解しようとしていく。 私も同じだ。「仮設」か「それ以外」かなんていうラベルを剥がしたら、そこにいるのは、同じ「ここあん村」という場所で今を生きる、ただの「人」なんだ。

ロマコメ号は「ここあん村立図書館」の車。村の住民なら、誰だって。当たり前のこと。その当たり前のことが、私の完璧なはずの秩序を、根底から揺さぶる。

「……もちろんです。ここあん村の方なら、どなたでも」

喉の奥で、忘れていた笑い声の出し方を思い出せそう。あと少しのところで、今日もそれは逃げていってしまった。私はただ、新しい利用カードを取り出しながら、そう答えるのが精一杯だった。

私の分類棚を、作り直さなければ。この村が変わり続けていくように、もっと大きく、柔軟に。この男性の訪問は、そのための、分類不能で、けれどとても大切な「できごと」だ。

これは、日記という名を借りた私の記憶。

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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