移動図書館日記(58)

これは、日記という名を借りた私の記憶。

某月某日

高島副館長から、「ロマコメ号の到着を知らせる音楽を流してはどうか」と提案があった。以前にもあった提案だ。今回も悩んだ。

仮設住宅の壁は薄い。「あのこと」の後、誰もが神経を尖らせている場所で、わざわざこちらから音を立てるなんて。私たちはあくまで「よそ者」だ。静かに現れ、静かに去る。それが、この脆い日常を守るための、私の信じる「礼儀」という名の秩序だった。

けれど、私のこの完璧な配慮は、利用者さんたちの一言であっけなく覆された。

「音楽でも流して来ればいいのに」

「この前、集会所行ったら帰ったあとだった。気づかなかったよ」

そんな言葉に割って入ったのは、徹夜仕事が多い、臼葉さんだった。

「スピーカー付いてるんだろ? ちなっちゃんが『来たわよー』ってアナウンサーみたいに呼びかけてくれよ」

臼葉さん、「来たわよ」のところで、わざわざシナまでつくって。

「静寂=善」ではない? 私が恐れていた「騒音」が平和な日常の時報になり得る。もちろん、「うるさい」と感じられたら失敗だろうけれど。音があることで生まれる安心感があるんだ。

高島副館長の提案に、珍しく……いや、今回は納得できそうな自分がいた(認めるのは少し癪だから、日報には「検討します」とだけ書いておいた)。

ただ、いざ音楽を流すとなると、ボリュームつまみを回す指はきっと震えてしまう。「アナウンサーみたいに」なんて、とてもとても。でも、想像してみる。音楽に乗ってロマコメ号が現れ、誰かが「あ、来た」と窓を開ける。その光景は、私の守りたい秩序を乱すものではなく、むしろ、ここにもっとあたたかな色を添えてくれる。そう願う。

これは、日記という名を借りた私の記憶。

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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