これは、日記という名を借りた私の記憶。
某月某日
「魚籠を作りたいんだよ。竹でさ」
カウンターに置かれた手は節くれだち、日焼けした皮膚には釣り針や魚の背びれによる無数の傷が刻まれている。彼が水辺で過ごした時間の証明だ。
よく来てくれる釣り好きのおとうさん。集会所の名簿で本名を見た気もするが、ここでは誰もが「名人」と呼ぶ。
「ちなっちゃん、いい本ないかな」
頭の中でいつもの検索システムが起動しかける。工芸、竹細工、釣り道具……。だが、数字の羅列が浮かぶより早く、彼の次の言葉が思考を遮った。
「時間は無限にあるからさ」
名人は少し照れくさそうに、けれどはっきりと言った。
「どうせなら、一番時間がかかることを始めたいんだ」
――無限の時間。
その言葉が、胸の奥の、蓋をしたはずの場所をノックする。「あのこと」の後。仕事も家も役割も失い、避難所の天井を見上げるしかなかった、白く長い時間。あまりに膨大で使い道のない空白が、私たちを押しつぶそうとしていた。
けれど、目の前の名人の表情は、あの時の空気とは違う。彼は余りある時間を、嘆くためではなく、編むために使おうとしている。
コンテナの最下段から、背表紙の擦り切れた大判の本を引き抜く。『竹工芸・編組の技法』。ページを開くと、微かにオイルと青い畳の匂いがした。特定のページに、何度も開かれた跡がある。
ジャン・ジオノの『木を植えた男』が脳裏をよぎる。荒野に一人、来る日も来る日もドングリを植え続けた羊飼い。誰に急かされることもなく、数十年の時をかけて不毛の地を森へ変えた男。
竹を割き、厚みを揃え、一本一本編み込んでいく。気の遠くなるような反復。
「これ、すごく詳しいです。その代わり、竹の切り出しからなので相当かかりますよ」
少し脅すように言うと、おとうさんは顔中の皺を深くして笑った。
「ありがとよ、ちなっちゃん。こりゃあ、楽しみだ」
おとうさんは本の重みを確かめるように、両手で抱え込んだ。指先が、まだ形になっていない魚籠の網目を確かめるように、表紙を撫ぜる。
彼が去ったカウンターに、一瞬、風に乗って竹藪の乾いた音が残った。
これは、日記という名を借りた私の記憶。
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