移動図書館日記(74)

これは、日記という名を借りた私の記憶。

某月某日

窓ガラスの端っこに、小さな水滴が並んでいる。指でなぞると、つめたい。季節は、こうして音も立てずに、私たちの暮らしのページをめくっていく。

今日のロマコメ号の巡回先で、少し重たい話を預かった。親戚の方だという女性が、カウンターの縁を指でなぞりながら、ぽつり、ぽつりと語ってくれた。あるおばあさんのこと。朝、夢にせかされるように飛び起きるのだという。「あの着物を虫干ししなきゃ」「あれは、あの子の七五三のために出しておかなきゃ」と。でも、現実に立ち戻った瞬間、すべては「あのこと」でなくなってしまったのだと思い出す。

私の頭のなかの索引カードが、カタカタと音を立てて「喪失」の項目を探し始める。整理整頓は、私の数少ない武器だ。衣類をたたみ、引き出しに収める。そうやって、自分の毎日を一冊の本みたいにきれいに綴じておきたい。でも、その方の物語は、途中でページがびりびりに破られ、二度と修復できない。その欠落を、季節の風が容赦なくめくってしまう。

手元にあるペンの、インクが残り少なくなっている。幸田文さんの『きもの』を思い出した。着物の一枚一枚に、その人の生きてきた時間が織り込まれている。その方が夢のなかで探していたのは、たぶん布切れじゃなくて、自分の人生そのものだったんだろう。

業務日報の特記事項には、「近隣住民の近況聞き取り」とだけ書いた。本当は、その方が夢のなかで触れたはずの、柔らかな正絹の感覚や、樟脳の懐かしい匂いを、どこかに書き写しておきたかった。明日は、すこし明るい色の栞になるような本を、棚の目立つところに並べてみようと思う。

これは、日記という名を借りた私の記憶。

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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