これは、日記という名を借りた私の記憶。
某月某日
閉架書庫の奥にある作業テーブルを囲んで、小さなミーティングが開かれた。高島副館長、真木先輩、美桜さん、そして私。
議題は「今後の運行方針について」。
窓の外では、ドライバーのHさんとUさんが、二台になった図書館車を洗ってくれているはずだ。ホースの水がコンクリートを叩く音と、彼らの笑い声が、分厚いガラス越しに微かに届く。
「愚直に、愚直に」
高島副館長が、自身に言い聞かせるように繰り返した。彼は現場にはほとんど出ない。あの仮設住宅の泥濘の深さも、本を受け取る利用者の掌の温度も、直接は知らない。だからこそ、その言葉はどこか祈りのように、あるいは自分たちを繋ぎとめるためのしおりのように響く。
その張り詰めた空気が苦手な鈴木美桜さんは、まるで借りてきた猫のように背中を丸めていた。視線はテーブルの木目の一点を凝視したまま、微動だにしない。私の頭の中の索引カードには、『状態:フリーズ』『原因:会議アレルギー』と表示される。彼女の心は、今すぐここを飛び出して、外でHさんたちと水を掛け合いながら車を磨く作業の方へ飛んでいっているに違いない。
一方、真木まき先輩は、首を傾げて天井の隅を柔らかく見つめていた。
「愚直……ぐちょく……」
口の中でその言葉の感触を確かめるように呟いてから、先輩はいつもの柔らかい声で言った。
「なんだか、とても硬いパンみたいな響きですね。噛んでも噛んでもなかなか飲み込めないけれど、ずっと噛んでいると、最後に甘くなるような」
高島副館長が、虚を突かれたように瞬きをした。
「……パン、ですか」
「ええ。すぐに美味しくはならないけれど、お腹の底にたまるような。そういうことかなあって」
美桜さんが、パンという単語に反応して、コクコクと激しく首を縦に振った。
硬いパン。 私の頭の中の分類コードにはない解釈だ。でも、不思議と腑に落ちた。私たちが手渡す一冊が、すぐに誰かの役に立つわけではないかもしれない。結果はいつだって分類不能だ。けれど、噛み締めるように続けていけば、いつか。
ふと、カレル・チャペックの『園芸家12カ月』を思い出した。庭仕事とは、未来に向かって忍耐強く種を蒔き、土と格闘すること。芽が出るかどうかもわからない冬の日に、それでも春を信じて泥だらけになる姿。私たちがやっていることも、それに似ている。
「……そうですね。よく噛んで、味わってもらえるように」
私がそう引き取ると、美桜さんがホッとしたように息を吐き、真木先輩がふふっと笑った。
磨き上げられたロマコメ号と名無しくん(名前を早く付けなくては)のボディが、冬の弱い日差しを反射しているのが見える。あの輝きに負けないように、明日もまた、種を蒔くようにロマコメ号を走らせようと思う。HさんやUさんも一緒に。
これは、日記という名を借りた私の記憶。
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