移動図書館日記(83)

これは、日記という名を借りた私の記憶。

某月某日

キャンプ用の折りたたみテーブルが、小刻みに揺れていた。今日は、私たちのロマコメ号よりも、その前に広げたこのテーブルのほうが主役だったかもしれない。

「ぼく、生き物が好きなんだ」

小学3年生の男の子が、少し自慢げに教えてくれた。彼が飼っているのは、犬でも猫でもない。ドジョウだ。

「ここじゃあ、犬とか猫とか飼っちゃだめだって。だからドジョウを飼ってるんだよ」

仮設団地のルール。壁一枚向こうへの遠慮。大人が決めた「できないこと」の隙間を縫って、彼は小さな命を見つけたのだ。水槽の中でくねる、地味で、でもたくましい命。そのドジョウが、今の彼の部屋の、大切な同居人なんだと思う。

テーブルの上は、もう無法地帯だった。子どもたちが車内から次々と本を持ち出してくる。静かに読むなんてルールは、ここにはない。誰かが声に出して読み上げれば、隣の子がその本を使ってクイズを出し始める。

モーリス・センダックの『かいじゅうたちのいるところ』を思い出した。マックスが寝室で「かいじゅうおどり」を始めたときみたいに、この小さなテーブルは、彼らにとって自由な孤島になっていた。騒がしくて、熱気があって、生き生きとした無秩序。

次の団地へ向かおうと移動図書館車のエンジンをドライバーのHさんがかけたとき、バックミラーに映った影に驚いた。さっきの男の子たちが、二人、走って追いかけてこようとしていたのだ。私は、助手席をおりて、彼らの「お供役」を買って出た。彼らの白い息が、楽しい時間の続きを捕まえようとする気持ちそのものに見えた。

結局、到着した先で、私も巻き込まれてのジャンケン大会に。

「最初はグー!」

秋の乾いた空気に、何十回も声が響く。勝っても負けても、景品なんて何もない。でも、みんなお腹を抱えて笑っていた。ただ一緒に拳を突き出すその瞬間だけで、十分だった。

景品のないジャンケン。ドジョウとの暮らし。 足りないものだらけの場所で、自分たちで楽しみを捏ね上げている。泥だらけのスニーカーで笑う彼らを見ていたら、私も久しぶりに、大声を出して笑っていた。

これは、日記という名を借りた私の記憶。

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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