これは、日記という名を借りた私の記憶。
某月某日
キャンプ用の折りたたみテーブルが、小刻みに揺れていた。今日は、私たちのロマコメ号よりも、その前に広げたこのテーブルのほうが主役だったかもしれない。
「ぼく、生き物が好きなんだ」
小学3年生の男の子が、少し自慢げに教えてくれた。彼が飼っているのは、犬でも猫でもない。ドジョウだ。
「ここじゃあ、犬とか猫とか飼っちゃだめだって。だからドジョウを飼ってるんだよ」
仮設団地のルール。壁一枚向こうへの遠慮。大人が決めた「できないこと」の隙間を縫って、彼は小さな命を見つけたのだ。水槽の中でくねる、地味で、でもたくましい命。そのドジョウが、今の彼の部屋の、大切な同居人なんだと思う。
テーブルの上は、もう無法地帯だった。子どもたちが車内から次々と本を持ち出してくる。静かに読むなんてルールは、ここにはない。誰かが声に出して読み上げれば、隣の子がその本を使ってクイズを出し始める。
モーリス・センダックの『かいじゅうたちのいるところ』を思い出した。マックスが寝室で「かいじゅうおどり」を始めたときみたいに、この小さなテーブルは、彼らにとって自由な孤島になっていた。騒がしくて、熱気があって、生き生きとした無秩序。
次の団地へ向かおうと移動図書館車のエンジンをドライバーのHさんがかけたとき、バックミラーに映った影に驚いた。さっきの男の子たちが、二人、走って追いかけてこようとしていたのだ。私は、助手席をおりて、彼らの「お供役」を買って出た。彼らの白い息が、楽しい時間の続きを捕まえようとする気持ちそのものに見えた。
結局、到着した先で、私も巻き込まれてのジャンケン大会に。
「最初はグー!」
秋の乾いた空気に、何十回も声が響く。勝っても負けても、景品なんて何もない。でも、みんなお腹を抱えて笑っていた。ただ一緒に拳を突き出すその瞬間だけで、十分だった。
景品のないジャンケン。ドジョウとの暮らし。 足りないものだらけの場所で、自分たちで楽しみを捏ね上げている。泥だらけのスニーカーで笑う彼らを見ていたら、私も久しぶりに、大声を出して笑っていた。
これは、日記という名を借りた私の記憶。
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