移動図書館日記(84)

これは、日記という名を借りた私の記憶。

某月某日

集会所の前にロマコメ号を横付けする。西日がまだ少し眩しい時間帯。本を眺めながら立ち話をしていた中高年の女性ふたりに、「座ってお茶でもどうですか」と丸椅子をすすめた。パイプの脚がアスファルトを擦る乾いた音が合図になったのか、あれよあれよという間に人が増え、いつの間にか6、7人のおかあさんたちによる、即席の井戸端会議が始まっていた。

飛び交う言葉のボールは、速くて、鋭い。話題の中心は、「あのこと」の直後のこと。避難所で配られたおにぎりの具が何だったとか、支援物資の服のセンスがどうだったとか。眉をひそめて語られるような苦労話もあるが、彼女たちはまるで漫才のネタのように笑い飛ばしていく。次から次に。私の出る幕なんてない。ただ、魔法瓶からお湯を注ぎ足す係に徹するだけだ。

「この前、一時帰宅が許されてね。冬物の布団を取ってきたのよ」

一人がそう言った瞬間、回転していたボールがふと止まった気がした。

「取りに行くものが残っていて、あなたはいいわね」

隣にいた別の女性が、紙コップの両手で包んだまま、さらりと言った。嫉妬とも、羨望ともつかない、むき出しの事実。言われたほうの女性が、はっとして「ごめん、あなたのいたあたりは、まだ……」と言葉を詰まらせる。

私の背筋が凍る。どうしよう。何か言わなきゃ。マニュアルにはない事態。

けれど、謝られた女性は、顔色ひとつ変えずに手をひらひらと振った。

「いいのよ、大丈夫。私は、新品でふかふかの布団をもらったから。物資……支援物資」

一瞬の静寂の後、どっと大きな笑い声が上がった。

「ほんとほんと」

「ああ、あれね。あそこのメーカーのはいいのよね」

会話のボールが再び弾み始める。

田辺聖子さんのエッセイを思い出した。大阪の女性たちの、あけすけで、たくましくて、ちょっとやそっとじゃへこたれないお喋りの風景。悲しみを悲しみのままにしておかない、生活者の知恵とでも言うべき強さ。

本当の胸の内なんて、私にはわからない。新品の布団で寝る夜に、彼女が何を思っているのかも。でも、今、この場所はしんみりとなんてしていない。ただ、賑やかで、熱気があって、圧倒的に「生きて」いる。

笑いすぎて涙が出たわ、と言って目尻を拭うおかあさんの指先を見て、私は何も言わず、ただ熱いほうじ茶をもう一杯、その紙コップに注いだ。

これは、日記という名を借りた私の記憶。

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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