これは、日記という名を借りた私の記憶。
某月某日
集会所の前にロマコメ号を横付けする。西日がまだ少し眩しい時間帯。本を眺めながら立ち話をしていた中高年の女性ふたりに、「座ってお茶でもどうですか」と丸椅子をすすめた。パイプの脚がアスファルトを擦る乾いた音が合図になったのか、あれよあれよという間に人が増え、いつの間にか6、7人のおかあさんたちによる、即席の井戸端会議が始まっていた。
飛び交う言葉のボールは、速くて、鋭い。話題の中心は、「あのこと」の直後のこと。避難所で配られたおにぎりの具が何だったとか、支援物資の服のセンスがどうだったとか。眉をひそめて語られるような苦労話もあるが、彼女たちはまるで漫才のネタのように笑い飛ばしていく。次から次に。私の出る幕なんてない。ただ、魔法瓶からお湯を注ぎ足す係に徹するだけだ。
「この前、一時帰宅が許されてね。冬物の布団を取ってきたのよ」
一人がそう言った瞬間、回転していたボールがふと止まった気がした。
「取りに行くものが残っていて、あなたはいいわね」
隣にいた別の女性が、紙コップの両手で包んだまま、さらりと言った。嫉妬とも、羨望ともつかない、むき出しの事実。言われたほうの女性が、はっとして「ごめん、あなたのいたあたりは、まだ……」と言葉を詰まらせる。
私の背筋が凍る。どうしよう。何か言わなきゃ。マニュアルにはない事態。
けれど、謝られた女性は、顔色ひとつ変えずに手をひらひらと振った。
「いいのよ、大丈夫。私は、新品でふかふかの布団をもらったから。物資……支援物資」
一瞬の静寂の後、どっと大きな笑い声が上がった。
「ほんとほんと」
「ああ、あれね。あそこのメーカーのはいいのよね」
会話のボールが再び弾み始める。
田辺聖子さんのエッセイを思い出した。大阪の女性たちの、あけすけで、たくましくて、ちょっとやそっとじゃへこたれないお喋りの風景。悲しみを悲しみのままにしておかない、生活者の知恵とでも言うべき強さ。
本当の胸の内なんて、私にはわからない。新品の布団で寝る夜に、彼女が何を思っているのかも。でも、今、この場所はしんみりとなんてしていない。ただ、賑やかで、熱気があって、圧倒的に「生きて」いる。
笑いすぎて涙が出たわ、と言って目尻を拭うおかあさんの指先を見て、私は何も言わず、ただ熱いほうじ茶をもう一杯、その紙コップに注いだ。
これは、日記という名を借りた私の記憶。
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