これは、日記という名を借りた私の記憶。
ロマコメ号の受付に、少し息を切らせておかあさんがやってきた。この前お渡しした色鮮やかな漬け物の本を、ぽんとカウンターに置く。
「これ、目が痛くなるくらい読んだよ。いつか、かあさんを連れてくるわ」
短い言葉の中になんて情報量が多いことだろう。このおかあさん、漬物の漬け方を「あのこと」で忘れてしまったと言っていた方だ。お嫁さんと味付けの好みが合わないけれど、いまは離れて暮らしているから、自分の好きに漬けられるって言っていなかったかな? だから、目が痛くなるくらいまで読んだ。冗談? 半分冗談で、半分は本当? だとしたら、おかあさんの目が心配だ。それに、かあさんを連れてくる?
「おかあさんのおかあさん?」
おかあさんにっこり微笑みながら、考え過ぎて、妙な間があいてしまった。それにしたって数秒だろうけれど。その間が気になったのか、おかあさんのほうがちょっと怪訝そうな顔をする。でもすぐに、合点がいったようで、「ああ、お嫁さん。そう呼んでんのよ」と言って、おかあさんは声を出して笑った。本を借りにきていた何人かがこちらのほうを見る。前から私たちの会話を聞いていたのか、うんうんと頷きながら、図書館車の本棚に顔を戻す。
「あんたたち、また来んだべ?」
そう言うおかあさんに、私は、運行予定表の紙をすっと渡す。お母さんの目のことにさえ、何も言えてないのに、こういう手順だけは体がおぼえているから不思議だ。
「年寄りは暇だからまた来るわ。今月は忙しいんだ。だから、落ち着いたらね」
おかあさんは、今日は何も借りずに、来た時よりも軽い足取りで家のほうへ小走りに戻っていった。
忙しいと言いながら弾むようなあの背中を見送っていると、高山なおみさんの『日々ごはん』のページを開いた時のような、誰かと一緒に台所に立って包丁を動かすトントンという生活の音が聞こえてくる気がした。
言えなかったいろいろの言葉に、もうひとつ「いつでも大歓迎です」が加わった。返却図書用のコンテナに漬物の本を戻しながら、小さく息を吐いた。
これは、日記という名を借りた私の記憶。
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