これは、日記という名を借りた私の記憶。
ロマコメ号で巡回を終え、事務室のデスクで日報をまとめていた。キーボードを叩くカタカタという音だけが聞こえる静かな時間だ。背後で、片付けものをしていた美桜さんが「あ、これ」と声を上げながら近づいてきた。差し出されたのは、使い古された一枚のタオルだった。
少しだけ首を回して、凝りを解しながら、美桜さんからその布きれを受け取る。印刷された牛の絵は、何度も洗濯を繰り返したせいだろう、形を留めないほどに薄れている。けれど、その頼りない輪郭に、私の記憶の書架から一冊のファイルが引き出された。
あのことの直後に届いた大量の支援物資。その中に、この「どうぶつシリーズ」のタオルがあった。当時、まともな図書館業務をまだ再開できないでいた私たちは、ワゴン車で支援で届いた雑誌や絵本などと一緒にこのタオルを配って回っていた。
ある避難所でのこと。眉間に深い皺を刻んだ強面の男性が、私の差し出した牛のタオルをじっと見て「子ども向けだろ、こんなの」と本気で嫌そうな顔をされたのだった。
「もーいやー、もーだめー」
一緒に回っていた真木先輩だった。
「ふふっ、おとうさん、辛いときはこのタオルに顔を埋めて、牛みたいに『もーもー』って好きなだけ文句を言えばいいんです。そのためのタオルですから」
あまりに真っ直ぐな、真木先輩らしい天然の助言だった。私と男性は、一瞬だけ言葉を失って顔を見合わせた。すると男性は不意に吹き出し、「だったら、こっちのほうがまだマシだ」と言って、隣にあったタオルを一枚ひったくるようにした。
そこには、まつ毛の長いピンク色の豚。
「俺はこれに顔を突っ込んで、『ぶーぶー』言ってやるよ」
牛よりもずっと可愛らしい豚を掴んで帰っていく、あの大きな背中。それ以来、そのタオルはブーブータオル、モーモータオルと呼ばれることになった。
手元にあるモーモータオルに視線を戻すと、端の方に黒いマジックで「ゾーキン」と力強く書かれていた。美桜さんが手拭きも布巾も雑巾も区別せずに使うものだから、高島さんが見かねて一枚一枚「用途」を徹底させるために書かせたものだ。
ふと、内田百閒の『阿房列車』を思い出した。 大真面目に、けれどどこか滑稽に、淡々と過ぎていく時間を愉しむ。あの時、豚のタオルを選んだおじさんも、今はどこかで元気に「ぶーぶー」言っているだろうか。
私はまた、日報の続きをカタカタと打ち始めた。明日の巡回ルートを確認し、予定を書き込む。特別なことなど何もない、ただの司書の日常を記していく。
これは、日記という名を借りた私の記憶。
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