これは、日記という名を借りた私の記憶。
某月某日
巡回先の広場にロマコメ号を停める。折りたたみテーブルを広げ、簡易受付に日付印や貸出ノート、そして貸出業務用に使えるようになったノートPCなどを並べる。まわりに注意しながら、図書館車のハッチをゆっくりと押し上げた。
しばらくして、私たちを笑わせるのが上手で、いつも場を和ませてくれるおかあさんがやってきた。
「これから先は短いけれど、もう楽しく生きようと思ってね」
その口ぶりは、いつものように呑気そうだ。彼女が、線路のほうを眺める。ここあん鉄道はすでに再開し、定期的に電車の音が響くようになっている。けれど、彼女の視線はそこにある現場復帰した車両の姿を追うわけではなく、ただ遠くの景色を漫然と眺めているようだった。
「あのことのあと、電車が動かなくなって、みんな村を離れてしまったでしょう。通学も通勤もできないからって。鉄道が再開したら帰ってくるなんて言う人もいたけれど、そんなわけないわよね。一度出ていった者たちが、こんな不便なところに帰ってくるはずがない」
彼女の言葉は、淡々と、乾いた響きを持っていた。
「なんて言ったかしら、ほら、ああ……」
私はただ、カウンターに手を置いてその話を聞いた。「住めば都」という言葉が頭に浮かんだけれど、黙っておいた。
「この村はもう復興したのかね。まだなら、あと何年かかるんだろう。そもそも復興って何なのさ。他のところと比べて、一番遅れているんじゃないの? ここあん村が元に戻った姿を見て死のうと思っていたけれど、自分が生きているうちに元に戻るとは思えないわ」
私は「そう」とだけ言って、語尾を濁した。「そんなこと言っちゃだめ」と否定することも、「元に戻るまでがんばらなきゃ」と励ますことも、役には立たないだろう。おかあさんが口にしたのは、この3年間、誰もが心の隅に追いやってきた、けれど消えない澱のような問いだったから。
宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を思い出す。どこまでも続く線路と、もう戻ることのできない場所。彼女は新しい本を借りることもなく、「じゃあ」とだけ言って、帰って行った。私野知らない、おかあさんの別の顔。
私はただその背中を見送り、カウンターに置かれた日付印を手に取った。明日もまた、同じようにハッチを開け、村のどこかで誰かの言葉を待つことになるだろう。
これは、日記という名を借りた私の記憶。
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