【登場人物】
大庭 強子(64):大学の事務局員。高圧的で、学生や教職員から煙たがられている自覚がある。
山本 あゆみ(26):AI倫理を研究する大学院生。正論を淡々と述べる性格。
【場面設定】
大学のラウンジ「アンコンフォーミティ」。使い古されたソファと、中身の減った自動販売機がある。
大庭:このお茶、もうぬるくなっているわ。
あゆみ:壁に貼った掲示板をずっとにらんでたじゃないですか。その間に冷めちゃったんですよ。
大庭:にらんでなんかいないわ。不備がないか確かめていただけよ。
あゆみ:廊下での私語を禁ず、なんて紙、誰も読みませんよ。
大庭:読む読まないの問題じゃないの。こういう厳しい壁が一つあることで、全体の規律が保たれるのよ。
あゆみ:大庭さんは、学内で一番の嫌われ者だって自覚はありますか。
大庭:し、失礼ね。私は嫌われ「者」じゃなくて、嫌われ「役」を引き受けているだけよ。
あゆみ:や、役ですか。
大庭:ええ。誰かが心を鬼にして、ダメなものはダメと言わなきゃいけない。物語でいえば、最後に退治される悪役のようなものね。
あゆみ:悪役には台本がありますけど、大庭さんの嫌がらせはアドリブに見えます。
大庭:嫌がらせじゃないわ。昨日だって、事務室のホッチキスの芯を全部抜いておいたけど、あれは節約のためよ。
あゆみ:え、そんなことを。というか、わざわざ大庭さんのいる事務室まで芯を貰いに行かなきゃいけない手間を考えたら、効率が悪すぎますよ。
大庭:若い人は、何でも効率って言うのよね。物を使うときの痛みを知ってもらいたいのよ。履き慣れない靴と同じ。最初は痛くても、そのうち背筋が伸びるようになるわ。
あゆみ:靴は歩くためにありますけど、大庭さんのルールはみんなの足を止めるためにあるみたいです。
大庭:私がいなくなったら、この大学は三日でゴミ溜めになるわ。
あゆみ:みんな、大庭さんがいない三日間を、夏休みみたいに待ち望んでいると思います。
大庭:(手元に視線を落とし)このお茶、やっぱりもう飲めないくらい冷めているわ。
あゆみ:新しいのを淹れてきましょうか。
大庭:いいわよ。嫌われ者に温かいお茶なんて、不釣り合いだもの。
あゆみ:大庭さんが嫌われ者でも嫌われ役でも、私にはどちらでもいいんです。ただ、お茶くらい、温かいものを飲んでいただきたいですから。
大庭:ふん。あなたのそのお節介も、何かの「役」かしら。
あゆみ:さあ。次に会うときは、違う役かもしれませんよ。
(あゆみ、席を立って給湯室の方へ歩き出す。大庭、その背中を黙って見送る)
(幕)
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