大人のための寓話「嘘の色」

最初に嘘の色が見えるようになったのは、いくつのときだっただろう。

物心ついた頃にはもう、人の言葉には時々、奇妙な色がまとわりついていた。世界は、私にとって四つの色でできていた。

ひとつめは、まっしろ。母が私の拙い絵を見て「まあ、上手ね」と言った時に、その言葉の周りを飛んでいた、綿菓子みたいにふわふわした色。少しだけ本当じゃないと分かっているけれど、優しくて、暖かい色。

ふたつめは、きいろ。弟が花瓶を割ったのを私のせいにした時、彼の言葉から立ちのぼった、臆病で、チカチカする色。罰を逃れたい一心で、心臓の音みたいに震えている色だった。

みっつめは、はいいろ。友達が「どうして昨日、遊ぶ約束に来なかったの?」と聞いた時、「ごめん、お母さんのお手伝いがあって」と答えた私の言葉にまとわりついた、煙たい色。本当はただ面倒だっただけ。事実を隠すための、もやもやした色。

そして、よっつめは、まっくろ。 近所の子が、私の大切にしていた人形を隠したのに「知らない」と言い放った時、その言葉から滲み出た、泥みたいにどろりとした色。悪意だけでできた、冷たくて重たい色だった。

それが私の世界の全てだった。嘘は単純で、分かりやすかった。だから、私は「きいろ」や「まっくろ」を避けて、「まっしろ」な嘘ならまあいいか、なんて子供心に思っていた。

変化が訪れたのは、中学生になった頃だ。人間関係が複雑になるにつれて、私の目に見える色も、まるで絵の具を混ぜ合わせたように数を増やし始めた。世界は、少なくとも八色、いや、それ以上に分かれて見えた。

今まで単純な「はいいろ」だった嘘が、霧のように曖昧な霞色と、石のように硬い石板色に分かれた。友達が自分の失敗を「だって、先生の説明が分かりにくかったし」と呟いた時、その言葉は硬い「石板色」をしていた。それは、ただ事実を隠すのではなく、責任を誰かに押し付けるための、冷たい色だった。

優しい嘘の色だったはずの「まっしろ」も、ただの乳白色だけではなくなった。先輩が、大して興味もなさそうな後輩に「今度、部活見に来てよ」と言った時の言葉は、芽吹いたばかりの葉のような若葉色をしていた。それは、本心ではないけれど、その場の空気を壊さないための、薄っぺらで表面的な色だった。

世界から単純さが失われていく。色の種類が増えるたび、人の心の裏側にある、いくつものグラデーションを見せつけられているようで、私は少しだけ孤独になった。

高校を卒業し、社会に出る頃には、私の世界は万華鏡になっていた。 色は十六色を超え、もはや数えるのも億劫なほど、無数の色彩が人の言葉の周りで明滅していた。

上司の口から出る、心にもない賞賛の撫子色。同僚が語る、手柄を大げさに誇張する山吹色。取引先が口にする、実現不可能な約束の空色。そして、大きな失敗を糊塗するための、夕焼けのように美しいのにどこか不吉な茜色。

たくさんの嘘は、もはや悪意や善意だけでは分類できなかった。見栄、嫉妬、保身、戦略、野心……。様々な感情が複雑に絡み合い、言葉に新たな色彩を与えていく。私はいつしか、色の意味を考えるのをやめていた。ただ、その色を見て、事実ではない何かが語られている、とだけ認識するようになっていた。それが、この色彩の洪水の中で生きるための、私なりの処世術だった。

いまの私は二十代半ば。 カフェの窓から雑踏を眺めていると、店内のテレビに、ある政治家が映し出された。彼は今、最も支持を集めている人物だ。力強く、クリーンな言葉で未来を語っている。

彼の言葉は、まさに色の濁流だった。 聴衆を鼓舞するための晴天色、ライバルを貶めるための深紫色、自らの小さな失言を覆い隠すための鉛色。彼が嘘の色彩を巧みに操る様は、芸術家のようだった。人々は、彼の言葉が持つ本来の色に気づかず、その熱量にだけ拍手を送っている。

(ああ、またか)

そう思って、私が視線を外そうとした、その瞬間だった。

彼の言葉から、ふっと全ての色が消えた。 いや、違う。色が消えたのではない。

それは、無色透明だった。

彼の最大の嘘。国民の誰もが信じ、もはや社会の「真実」として機能し始めている、巨大な虚構。それはあまりに完璧で、あまりに浸透しているが故に、もはや「嘘の色」をまとっていなかった。光を完全に透過させ、その奥にあるはずの真実を、何ひとつ映さない。

私は息を呑んだ。 幼い頃に見た四色の世界。白と黒の単純な嘘。それがいつしか八色になり、十六色になり、そして今、私はついに二十四番目の色――色を持たないことによって完成する、究極の嘘――を見てしまったのだ。

最初に嘘の色が見えるようになったのは、いくつのときだっただろう。 その答えは、もうどうでもいい。

恐ろしいほどの透明感の中で、私はただ、テレビ画面を呆然と見つめていた。

(了)

作・千早亭小倉

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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