どぶみてえな水たまりに 夜ごとツラを見せるのは 月だけだった
昼間は青い空だの 白い雲だのを映し込み 風が吹けば 安笑いを浮かべて身体を揺する
夜は月を浮かべた安物のバーボンみてえに 静かに光やがる
それで満たされてる、だと? 冗談じゃねえ
だが時々、妙な夢を見た
硬くて、冷たくて、どうしようもねえ夢だ
カミソリみてえな静寂
身動きひとつできやしねえ
ただ凍てつく空の下で 砕けたガラスみてえに光を返すだけだ
身体ん中には、ひび割れたアスファルトみてえな模様
悪くねえ、と思った
その動けねえ感じが 妙に、誇らしかった
あれは誰だ いつか会えるのか
そんなセンチメンタルは、すぐに忘れた
秋のクソったれな空気が ナイフみてえに肌を刺し始めると 虫けらどもはとっくに消え失せ 俺の輪郭から、ゆっくりと自由が奪われていく
ああ、あの夢だ
いや、夢じゃねえ
あれが、もうひとりの俺なんだ
水だった記憶なんざ 砂みてえに指の間からこぼれ落ちていく
揺れていたこと
月を抱いて眠った夜
くだらねえ感傷だけを残して 何もかもがどうでもよくなっていく
そして俺は、氷になった
森が雪に埋もれた
もう風にへつらい笑うことも 月なんざ映すこともねえ
ただ硬く、強く、この世のすべてのクソったれな厳しさを受け止めて 輝いてやった
これが俺だ、と思った
時々、遠い昔の夢を見た ずいぶんと柔らかく、生ぬるい、流れる夢だ
そいつは身体を揺すり まんまるの光を胸に抱いていた
馬鹿みてえな夢だ
あんな頼りなく、形のねえもんが 俺だったはずがねえ
だが、その夢を思い出すと 硬い身体の芯が ほんの少し、震えやがった
気のせいだ
長い、長い冬が終わる
太陽の野郎がじりじりと俺を焼き始めやがる
身体のふちから 宝石、だと? ふざけるな ぽたぽたと、俺が溶けていく
誇りもクソも、流れ出しやがる
ああ、またあの夢だ
いや、夢じゃねえ
あれもまた、俺自身だった
氷だった記憶が静かに溶けていく
ダイヤモンドみてえだったこと
誇り高い静寂
すべてが消えて 胸くそ悪い切なさだけが残る
そして俺は、水になった
昼間は空の色を映し 風に揺れる
夜は月を胸に浮かべる
同じことの繰り返しだ
何かが足りねえ
胸の奥で、忘れたはずの痛みが疼きやがる
冬の間に見た夢のことは もうほとんど思い出せねえ
だが、その忘れた硬い感触が どうしようもなく、懐かしい
俺はまだ知らねえ
どうせまた、空気は冷たくなり 俺は、あの誇り高い俺に会うために このふやけた記憶を、ゆっくりと捨てていくのさ
そして、あの硬い俺もまた 時が来れば このどうしようもねえ俺に会うために 砕けたガラスの誇りを、静かに溶かしちまうのさ
どっちが本当の俺なのか
どっちが夢で どっちが現実なのか
知ったことか
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