登場人物:ぺらいちまい、しあんまぜんた、がらすきらいぶ
築40年、風呂なしアパート。湿気た畳の上で、三人の「表現者」が睨み合っていた。
「僕は、ぺらいちまい(23歳・脚本家志望)。あだ名は『えんぴつ』だ。世界をト書きで記述するために生きている」
細身の男が、空中に文字を書くパントマイムをして見せた。
「俺は、しあんまぜんた(23歳・映像作家)。愛称『えのぐ』。お前の顔、カラーバーの調整が必要だな」 派手なパーカーの男が、スマホのレンズ越しにえんぴつを値踏みする。
「……がらすきらいぶ(23歳・音響屋)。『わら半紙』って呼んでくれ」
猫背の男が、換気扇のノイズに耳を澄ませながら呟いた。
沈黙。互いの「設定」が濃すぎて、会話のレイヤーが噛み合わない。 だが、部屋の隅にある卒業制作の残骸が、彼らを結びつけた。全員、ここあん大学芸術学部の同期だったのだ。
「映像科か?」
えのぐが口を開く。
「お前、あれだろ。脚本の……なんだっけ、ルーズリーフ?」
「えんぴつだ! 芯の強さを表現してるんだ。君こそ、美術の……ペンキ屋?」
「えのぐだ! 混ぜるな危険、ってね。で、そっちの暗いのは?」
二人の視線が、膝を抱えた男に突き刺さる。
「えーっと……『ガラス』なんだっけ? 繊細で割れやすいから?」
えんぴつがもっともらしい解釈を披露した。
「違う」
がらすきらいぶが、虚空を見つめてボソリと言った。
「『ガラガラに空いてるライブハウス』だ」
「は?」
二人が声を揃える。
「客のいないライブハウスの反響音。あれこそが至高の音響だ。僕はその孤独な音を愛している。だから、がらすき・らいぶ」
一瞬の静寂。 えのぐが鼻を鳴らした。
「……長い上に、売れなさそうだな」
「だから『わら半紙』でいいよ。手書きの五線譜に曲を書くのさ」
「手書き? 雑音を吸い取るにはいいか」
がらすきらいぶが自嘲気味に笑うと、えんぴつが「悪くない伏線回収だ」と頷き、えのぐが「画作りとしては地味だ」と肩を竦めた。
名前の由来なんてどうでもいい。 彼らに必要なのは、高尚な理念よりも、今夜の安酒を共にする相手だった。
「……飲むか」
「おう」
三人は、名前も覚えていない相手と、生ぬるい発泡酒のプルタブを同時に開けた。プシュ、という音だけが、完璧な和音を奏でていた。
作・千早亭小倉
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