【登場人物】
さやかっくす:「ペンタ」の自称管理人。
まんのすけ:ここあん村の他称「元祖ニート」
【場面設定】午後二時。筋金入りの引きこもり、まんのすけが自室で「天井のシミの数を数える」という崇高な業務に励んでいる。

(2階の窓ガラスが、コンと鳴る。鳥ではない。ネオン色のスニーカーが浮いている。まんのすけが視線を上げると、窓枠に逆さ吊りで張り付く少女と目が合う)
さやかっくす:ちわっす。ここ、外壁のグリップ最高っすね。
まんのすけ:なんだ、俺にもついにお迎えが来たのか。
さやかっくす:さやかっくすです。
まんのすけ:今は、みんなそんな名前で迎えに来るのか?
さやかっくす:送迎バスもやってるけど、メインは、塔の管理人ですね。
(重力に喧嘩を売るような体勢で、少女はニカっと笑う。まんのすけは布団を頭まで被り直そうとする)
まんのすけ:玄関へ回ってくれ。わしは70年、水平移動ひとすじだからな。
さやかっくす:水平もひとすじも、退屈じゃないですか? 世界はこんなに凹凸があるのに。
(さやかっくすは、窓ガラス越しにまんのすけの深く刻まれた眉間のシワを指差した)
さやかっくす:お爺ちゃん、いい顔してる。そのシワ、指の引っ掛かりが良さそう。
まんのすけ:わしの人生の苦悩を、ボルダリングの壁として評価するな。
さやかっくす:知ってるんだ、ボルダリング。平行移動ひとすじでも。ほんと、攻略しがいがあるなあそのシワ。もう、全体が「登ってくれ」って顔してますよ。
まんのすけ:してない。何を言っているのかわからないが、断固拒否する。それはワシの権利だ。
さやかっくす:そっすか。じゃ、またルート開拓の折にでも寄らせてもらいますね。
(さやかっくすはバネのように身を翻し、雨樋を蹴って屋根の彼方へと消える。まんのすけは震える手で窓の二重ロックを確認する。
NA:物理的な侵入者は防げても、他者という名の不条理な突風は、どうやら防げそうにない。
(幕)
作・千早亭小倉



