箱庭コント「ちがう男に魅せられて?」

【登場人物】
徒然士
:ここあん大学日本文学科講師。完璧な様式美を信奉する。不都合があると「ちょんまげ生えるわ」と天を仰ぐ。
おはぎはん:フリーライター。現場主義で熱血。勢いのある関西弁。歌詞の物理的な不整合に真面目に悩んでいる。
恋流波陽:ここあん大生。サークル帰りにラウンジに立ち寄り、実証実験のモデルとして巻き込まれる。

【場面設定】
夕暮れ時。ここあん大学早稲田サテライトキャンパスの地下ラウンジ「アンコンフォーミティ」。徒然士が、長机に座り、原稿用紙に目を通している。

(おはぎはんが、♪東に向いてる窓を開け〜、南に向いてる窓も開け〜、といい加減な歌を歌いながらラウンジに入ってくる)

おはぎはん:相変わらず空気悪いなあ、ここは。窓、開けぇや!って。あっ、徒然先生、いいところに。先生、ジュディ・オングの有名な歌あるやないですか。白い大きな袖広げて歌うやつですわ。

徒然士:『魅せられて』だな。昭和の名曲だが、今でも耳にすることがあるな。名曲たる所以だ。

おはぎはん:わても昨日、テレビで聞いたんですわ。で、思うたんやけど、あの歌の主人公、異様なまでに男の腕に執着してません?

徒然士:主人公? あの歌では、小悪魔的でミステリアスな恋愛観を持つ、自立した大人の女性が主人公と言えそうだが。腕に?

おはぎはん:そうです。その女性です。

(おはぎはんが、鳥の羽根のように手をばたつかせる)

徒然士:それは、なんだ、ニワトリか? で、「魅せられて」の主人公が、男の腕に執着していると?

おはぎはん:だって途中で言うてますやん。♪ちがう男の腕の中でも、別の男の腕を見るのよ〜って。

徒然士:(少しだけ訂正する)♪見るう〜、ううう〜だな。なるほど。「男の腕の中で、別の腕を見る」とは、確かに、少しばかり入り組んだ状況だな。

おはぎはん:せやろ? 抱きしめられながら、すぐ隣におる別の男の腕をじっと観察しとるんです。あの女は。こっちの人の二の腕より、あっちの人の前腕のほうが引き締まっとるな、みたいに。そもそも、この女が抱かれてるのも、「ちがう男」なんやから、とっかえひっかえや。

徒然士:わははは。ずいぶん大雑把な読み取りだが、おはぎ君らしい。男に抱かれることが、二の腕あたりの肉質の品評会になっているわけだな。だが、それは空間としてどう配置されているんだ。男に抱きしめられている最中に……(以下、ぶつぶつと)別の男の腕が視界に入るとなると、その別の男は、おはぎはんのすぐ近くに立って、腕を突き出してるということか? いや、離れていても、見えなくはないか。

おはぎはん:配置ですか。うーん、(ポーズを交えながら)抱いてくる、男の、肩越しから、ええと、覗き込むとかとちゃいます?

(そこへ、恋流波陽がやってくる。おはぎはんの奇妙なポージングに、ぎょっとする)

恋流波陽:な、なんですか、フィジカル文学? 

徒然士:おお、陽君じゃないか。ちょうどいいところに来た。男の手がもう一本、いや一人分足りなかったのだ。

:荷物の搬入とかですか? 30分くらいなら、大丈夫ですけど。

おはぎはん:はるちゃん、ちょっとうちのこと抱きしめてみてえな。

:ひぃっ(声が裏返る)。何を言い出すんですか急に。力仕事じゃないんですか?

徒然士:似たようなものだ。これは、学術的な検証なのだよ。人間の欲望を美しい言葉に変えた魔術師「阿木燿子」が創り上げた世界観を具現化する、という。さあ、陽君、そこに立っておはぎ君を抱きしめろ。見渡す限りのエーゲ海を思い浮かべながら。俺はその外側で位置につく。

:エーゲ海? 僕、海外行ったことないんですけど。

おはぎはん:ええから早よ。検証が進まへんやんか。伊豆あたりの海でいいから。

:伊豆? わかりましたよ。やればいいんでしょう? ええと、こうですか。熱海でもいいですよね? 

(陽、戸惑いながらおはぎはんの肩にぎこちなく腕を回す)

おはぎはん:甘いわ。もっとこう、情熱的に引き寄せてえな。エーゲ海やで。あ、熱海か。いや、ここあん湖の生ぬるい風しか吹いてこんわ。

:無茶言わないで。近すぎだって。僕のコンプラ的に、限界を超えてます。

徒然士:まあ、いいだろう。そのまま動くな。おはぎ君、俺は陽君の背中側から腕を突き出すぞ。どうだ、俺の黄金の前腕が見えるか?

(徒然士、万年筆を握りしめたまま、陽の脇の下からぐっと腕を差し伸べる)

おはぎはん:見えへん。ひとすじの光も見えへん。はるちゃんのパーカーのファスナーしか視界に入らへんわ。先生、もっと顔の前に出してえな。

徒然士:こうか。これならどうだ。

(徒然士、陽の首元へ無理やり腕を回り込ませる)

:ひぃっ(変な声)。やめてください、先生。アウト、アウトです。僕の視界が全部、中年男の二の腕で覆われて……息が。

おはぎはん:あ、見えた。見えたけど、はるちゃんの首の横から別の男の腕が生えとるようにしか見えへんわ。腕がぎょうさんある妖怪みたいですやん。

:妖怪の仲間にしないで。おはぎはんも、もう離れて。女子学生が何人も、変な目でこっち見ながら、通り過ぎてくから。

徒然士:(陽には応えず、3人そのままの姿勢で)なるほどなあ。検証の結果、抱かれながら別の腕を見るのは、物理的に阿修羅像のフォーメーションを取らないと成立しないことがよく分かった。ええと、これが、男がそばにいる場合だとして。(ぶつぶつ言う)あとは、離れた場所に立った場合か。

おはぎはん:(いったん、陽から離れて)徒然先生、昭和の歌って、ずいぶんアクロバティックやったんやな。

:もう、僕は何に巻き込まれてるんですか。先生の前腕が見えるとか見えないとか。

徒然士:陽君、腕ではない。私がおはぎ君に見せていたのは、「夢」だ。

陽・おはぎはん:え、夢?

徒然士:おはぎ君、『魅せられて』の本当の歌詞は、「ちがう男の夢を見る」だ。心ここにあらずで別の男を思い浮かべているんだよ。もっと言えば、「好きな男の腕の中でも、ちがう男の夢を見る」だ。君は最初からいろいろ間違っていたのだ。

:その歌知ってますよ。どうやったら、あの歌が、こんな取っ組み合いになるんですか? あっ、男が女を取り合ってるって解釈ですか?

おはぎはん:(陽を無視して、歌う)♪別の男の腕の中で、違う男の腕を見るのよ〜、やなかったんか。でも、徒然先生、知っとったんやったら、最初に言うてえな。

徒然士:知っていたが、おはぎ君があまりにも自信満々に二の腕や前腕の品評会について語るから、イタリアではそういう風習もあったのかなと、ルネサンスして見たくなったのだ。クロビロス生えるわ。

:ブロンズになるわ!

徒然士:わははは。陽君は、せいぜい、テラコッタどまりだろう。

おはぎはん:ウケる。

:ふんっ、テラコッタ、知らんくせに。

(幕)

作・千早亭小倉

[コント台本・掌編 約600本]

主な舞台は、椎名町三丁目から広がる箱庭「ここあん村」。箱庭コント作家・千早亭小倉の手による、どこか懐かしい日常劇やクスッと笑えるコメディ、沁みる掌編を絶賛公開中です。これからも「読むシットコム」の世界を追究していきます。
*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI. *無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|箱庭コントを紡ぐ 話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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