【登場人物】
いときち:ガールズバンド「栗きんとん99」ギター。情熱的で行動力があり、喧嘩っ早い。
うたまろ:ガールズバンド「栗きんとん99」ボーカル。繊細な感受性の持ち主で、被害妄想がひどい。
べんべん:ガールズバンド「栗きんとん99」ベース。凛とした佇まいの若女将キャラ。面倒見が良い。
微笑 えみ緒:微笑書店店長。冷静沈着で、本と村の歴史を深く愛する。
微笑 えみ心:微笑書店カフェ担当。天真爛漫で行動的。
【場面設定】
きさらぎタウンにある「微笑書店」のカフェスペース。木漏れ日が差し込む穏やかな午後。テーブル席で、栗きんとん99のメンバーが休憩している。

いときち:なあ、次の新曲やけど、「レモンティー」みたいなの、どうやろ?
うたまろ:シーナ&ロケッツ? いいよね、♪絞って僕の〜って(頭を抱えて)でもなあ、私たちを絞って、何か出るのかな?
いときち:うたまろ、シーナ&ザ・ロケッツな。私らだって、絞ったら何かいいもんが出るやろ。
べんべん:はいはい、お姉さんたち? ここ、カフェスペースだけど、一応、本屋さんだからね。メニュー決まった?
いときち:(メニューを見ながら)絞って栗きんとんのレモンティー!(上機嫌)
えみ心:(お盆を持って明るく現れる)ねえ、よかったら注文の前にこれ、試してみて? 練習後ののどにいいと思うんだ! レモンティーはレモンティーでも、ここあん村のハチミツをたっぷり使った、特製ハチミツレモンティー! 飲んだら絶対、笑顔になるよ!
うたまろ:ここあん村のハチミツ?(少しいやそうな顔。そして、ストローで一口飲み、震える声で)わ、甘い。
えみ心:あらら、うたまろさんには、甘すぎた? もしかして、苦手?
うたまろ:(あわてて否定)違う、違うんです。こんな優しい味の飲み物を口にしたら、私の絶望が中和されて消えちゃいそう。
べんべん:通常運転の絶望ぶりだ。
うたまろ:私の悲しみが奪われていく。これはなんて巧妙な……。
えみ心:あはは、罠じゃないから! ハチミツは喉を優しく守ってくれるから、ボーカルさんにはいいと思うけど!
いときち:アカンて、えみ心さん。うちらのバンドに「優しい」は不要やねん。レモンをギューッと力任せに絞り潰すような、暴力的な酸味が欲しいんですわ!
えみ緒:(本棚の整理の手を止め、静かにテーブルへ近づいてくる)ごめんなさい。レモンを物理的に力任せに搾汁しても、果皮の苦味成分であるリモネンが過剰に抽出されるだけで、「暴力的な酸味」には直結しないんですよ。
いときち:(えみ緒に)え、そうなんや。
えみ緒:(静かにうなずいて)それに、妹のハチミツレモンティーの主体はハチミツです。ハチミツは粘度が極めて高く、絞るのではなく、重力に従って底へ底へとゆっくり沈殿していく性質を持っています。ですから、情念を表現するにしても、激しく絞り出すのではなく、逃げ場のない甘さがじわじわと絡みつき、深く沈み込んでいく状態を想定する方が、物理的にも正しい解釈と言えるでしょう。
いときち:すごい。理科の授業みたいや。ね、うたまろ。
うたまろ:ちょっと待って。(目を見開く)逃げ場のない甘さが……絡みつく。それって、最初は優しい顔で近づいてきて、気がついたら身動きが取れなくなって、ゆっくりと底なし沼に引きずり込まれるってこと? ああ、やっぱり、巧妙な……。
べんべん:罠じゃないからね、うたまろ。でも、その「底へ沈んでいく重たい粘度」、私のベースラインにはぴったり合うかも。這いずるような、這いずり回るような。
いときち:なるほどな。搾り取るんやない。甘い言葉で絡めとって、底へ沈めていく。これこそ、うちらの新しい「ハチミツレモンティー」や! えみ緒さん、理科の先生やなくて、めちゃくちゃロックですやん! リッカじゃなくってロック!
べんべん:全然、韻を踏んでない。
うたまろ:うん、踏めてないね。
えみ緒:私はただ、流体力学と味覚の観点から事実を述べたまでです。ロックというなら、妹のほうがきっとロックですよ。
えみ心:お姉ちゃん、照れてる? じゃあ、次はハチミツをロックに入れて、底のほうをドロドロに沈殿させておきますね!
いときち:最高や! よし、帰って新曲の練り直しや! べんべん、お会計頼むわ!
べんべん:なんで私が払う流れになってるのよ。まあいいわ、若女将が奢ってあげる。
いときち:うたまろ、絡め取ったるからな。
うたまろ:うん。取って取って。
べんべん:あ、うたまろが元気になってる。えみ心さんのハチミツレモンティー効果?
えみ心:げ、元気に見えないけど。
べんべん;(かぶりを振って)全然。あれで、全然、元気。えみ心さん、お会計お願いします。
(幕)
作・千早亭小倉







