【登場人物】
矢尾リリカ:ここあん高校の最強ヒロイン。シニカルな知性の持ち主。
カリソメ君:主人公になりそこねた、ごく普通の男子生徒。
ケニー:地味な文学少年。リリカの知的センスの理解者。
【場面設定】
図書室の「図鑑の日」特設コーナーで、本を眺めている三人。

(昼休み。学校図書館の特設コーナーには『世界の国旗大図鑑』『決定版!恐竜図鑑』など、色鮮やかな本が並ぶ)
カリソメ君:(『世界のスポーツカー図鑑』を興奮気味にめくりながら)うおっ、カッケー! このエンジン! まさに芸術だよね! 君もそう思うだろう、リリカさん?
矢尾リリカ:(カリソメ君には目もくれず、棚にあった『菌類大図鑑』をパラパラとめくりながら)芸術。そうね。時速300キロでコンクリートの壁に衝突するための、高価な鉄の塊。とても現代的な芸術だわ。
カリソメ君:え?(リリカの皮肉が理解できない)いや、そういう意味じゃなくて、このフォルムとかさ!
リリカ:フォルム。人間の「所有欲」や「性的コンプレックス」を巧みに刺激するために最適化されたデザイン。見事なマーケティング。
カリソメ君:せ、性的!?(狼狽し、慌てて図鑑を閉じる)
ケニー:(隣で『標準 鉱物図鑑』を読んでいたが、静かに顔を上げ)リリカさんは、こっち(キノコ図鑑)の方が興味あるみたいだよ。
カリソメ君:え、キノコ? 食欲の秋とか?
リリカ:(図鑑のあるページを指さす。そこには「冬虫夏草」のグロテスクな写真)これよ。昆虫の脳を乗っ取り、意のままに操り、最適な場所で養分にしてキノコを生やす。
カリソメ君:うわ、なんかグロい。
リリカ:グロい? これぞ完璧な「システム」じゃない。寄生し、支配し、宿主のアイデンティティを奪って繁殖する。まるで「流行」や「常識」みたいで、ゾクゾクするわ。
カリソメ君:(ドン引きしている)流行?
ケニー:(小さく頷き)ヴォネガットの小説に出てくる、人間の自由意志を奪う宗教みたいだ。
リリカ:(ケニーを見て、初めて少し口角を上げ)いい例えね、ケニー。この図鑑は、そういう「不条理な支配者」のカタログよ。それに比べて、あなたの(スポーツカー図鑑を顎で指す)それは?
カリソメ君:え?
リリカ:「一番速い」「一番高い」……分かりやすい権威 にすがりたいだけの、思考停止した人間のためのカタログ。
カリソメ君:し、思考停止って……。(反論しようとするが、言葉が出ない)
リリカ:図鑑って、そもそも滑稽よね。人間が勝手に「分類」して、「定義」して、分かった気になってる。
ケニー:世界の複雑さを、単純なラベルに押し込めてる。
リリカ:そう。この世で一番面白いのは、どの図鑑にも載ってない「分類不能」なものでしょ。(『菌類大図鑑』を棚に戻し)例えば、モンティ・パイソンの「殺人ジョーク」とか。
カリソメ君:殺人……? 毒キノコ?
リリカ:(カリソメ君を完全無視し、ケニーに向かって)あのジョークは、どの分類に入れるべきかしらね。
ケニー:うーむ……生物兵器の図鑑、かな。
(リリカが「ふふっ」と静かに笑う。カリソメ君だけが、二人の会話が全く理解できず、「やっぱり毒キノコ?」などと言いながら、『スポーツカー図鑑』を握りしめたまま、立ち尽くしている)
(幕)
作・千早亭小倉






