【登場人物】
おはぎはん:22歳。ライターであり劇団員。理想を追う現場主義者。「槍」の役割を担う。
鶴亀 昌子:34歳。編集プロダクション「ぽんちょ」社員。姉御肌でタフネス。古いドラマの知識を披露して優位に立とうとする。
臼葉:36歳。「ぽんちょ」社員。奇行が多い。挙動不審だが、異様なまでに正確な知識を持つ。
【場面設定】
椎名町三丁目の古い雑居ビルにある、編集プロダクション「ぽんちょ」のオフィス。資料が積まれたデスクの傍ら。

鶴亀昌子:おはぎはんは、普段どんなドラマを観るの。
(おはぎはんは、鶴亀昌子の問いかけを聞いた瞬間、手にしていた取材用のペンを止める。一瞬の静寂の後、不敵な笑みを浮かべて椅子を回し、鶴亀の目を真っ直ぐに見る)
おはぎはん:ドラマのジャンル? 鶴亀先輩、うち相手にそんな抽象的な球投げてくるなんて、なかなかええ度胸してるわ。
(乱れた髪を掻き上げると、机の上のノートを捲りながら、勢いのある口調で語り始める。その瞳には、現場の最前線を槍として突き進む者特有の、鋭い光が宿っている)
おはぎはん:(長セリフ。一気にまくしたてる)うちが好んで観るんは、綺麗なスタジオで撮ったようなお上品な恋愛もんやない。泥臭い現場の熱量が伝わってくるヒューマンドラマ、これに尽きるわ。何かの専門職に命を懸けて、理想と現実の狭間でボロボロになりながら戦う人らの話が好きなんや。ライターや劇団員として現場の生にこだわってる私にとって、彼らが不器用に見せる熱情は、私の槍と激しく共鳴するんよ。脚本家が書いた、耳障りのええセリフはいらんねん。汗とか涙とか、食卓から漂う飯の匂いとか、そういう生活の質感が画面越しに漂ってくるような物語に惹かれる。人間っちゅうのは矛盾だらけやろ。その醜さも弱さも全部剥き出しにして、それでも今、ここで生きていることを証明しようとする。そんな生々しいドラマが観たいんや。ものがたり屋の町助さんがよく言うてる「ワロス」みたいな精神も大事やな。絶望的な状況をただ悲しむんやなくて、どこか冷めた目で笑い飛ばしてまうような、シニカルで、でも最後には心の奥底を熱くするようなコメディも、私のリストには欠かせへん。
(はぁはぁ言いながら、少し前のめりになって机を叩く)
おはぎはん:(長口上続く)鶴亀先輩、わかってる? 私にとってドラマっちゅうんは、単なる娯楽やないねん。他人の人生という物語に触れて、自分の中にある新しい槍を研ぎ澄ますための戦場なんや。不整合で、理不尽で、救いようのない現実。でも、その壊れた日常を金継ぎするように繋ぎ合わせて生きる。そんな熱いドラマを、私はこれからも追いかけ続けたいと思ってるわ。
(はぁはぁ言いながら、満足げに鼻を鳴らし、再びノートを開いてペンを走らせる)
おはぎはん:さて。私の好きなもんは教えた。次は鶴亀先輩の番やで。先輩の心には、どんな槍が刺さってるん。マシな答え、期待してるからな。ワロス。
昌子:おはぎはんがそこまで熱いなんて。でも、そういう泥臭い人間ドラマの真髄を語るなら、断然昭和のテレビドラマよ。たとえば『田中丸御一行様』なんて、おはぎはんは聞いたこともないでしょう。森光子が主人公で、まさにご一行様って感じで、娘がいっぱいいるの。そこに、娘じゃないけど、今井美樹も出ていて、それが「浸透圧」って役名なの。面白くない?
おはぎはん:田中丸御一行様。変なタイトルやな。聞いたこともないし全然知らんから、「面白くない?」って言われても。でも、浸透圧って理科の用語みたいやな。うちの熱気が吸い取られそうや。
昌子:当時の脚本家のネーミングセンスよね。私も、伊達に年を取っているわけじゃないのよ。こういう名作の知識が、編集者としての引き出しの多さに繋がるの。
(部屋の隅ががたごと言う。デスクからあらわれる人影。臼葉である)
臼葉:(指先を小刻みに震わせながら、落ち着きなく視線を動かす)いまの間違ってますから。
昌子:あ、臼葉さん、いたの。間違ってるって、何が間違っているのよ。
臼葉:(手元の資料を意味もなく並べ替えながら、早口で)まず、ドラマのタイトルは『田中丸御一行様』ではないんです。『田中丸家御一同様』なんですよ!
おはぎはん:まあ、似てるって言えば似てるわな。「ドラえもん」でどこまでがカタカでどこからひらがなかみたいな感じ?
臼葉:(目を泳がせながら)え、「ドラえもん」? 次に、今井美樹はその『田中丸家御一同様』には出ていない。鶴亀さんが言いたいのは、おそらく『恋する時間です』なんですよ。そして、彼女の役名も「浸透圧」ではない。新海敦子。だから正解は、「シンカイアツ」。新海敦子から、なぜ浸透圧になったのか。それでは、心頭熱子で、心も身体もあっちっちですよ。
おはぎはん:心頭熱子……、うちみたいな感じやね。
昌子:え、嘘でしょう。私、変な役名だから、ドラマといっしょに覚えてたんだけど。
臼葉:(自分の前髪をいじりながら)ちなみに『田中丸家御一同様』は昭和57年の金曜劇場枠。『恋する時間です』は昭和61年の土曜グランド劇場枠ですよ。どちらも日本テレビ系です。田中丸家に娘がいっぱいいたのはそのとおりで、森光子の娘を演じたのは、(さらに早口に)長女が沢田亜矢子、次女が坂口良子、三女秋野暢子、四女中井貴恵、五女は石原……そのときは真理子なんですよ。
おはぎはん:すごーい。臼葉さん、めちゃくちゃ詳しいな。
昌子:ちょっと待って。昭和57年って、臼葉さんが生まれる前じゃないの。私も生まれてないけど。どうしてそんなにスラスラと女優さんの名前が出てくるのよ。
おはぎはん:先輩の言う通りや。
(臼葉はにやにやしながら、自分の席に戻る。気配が消える)
おはぎはん:(はっとした顔で、昌子を見る)ていうか鶴亀先輩、結局、先輩ひとつも合ってへんやんか。
昌子:私の記憶が浸透圧しちゃったのかしら(てへぺろ)。
(幕)
![[公式]千早亭小倉の世界 | ここあん村案内所](https://atelier-cocoan.com/wp-content/uploads/2026/04/20260410_125128.jpg)





