【登場人物】
おはぎはん:劇団「かもかも」の女優。看護師役。関西弁。
徒然士:劇団「かもかも」の座付き作家。
鴨下留美子:劇団「かもかも」の演出家。
恋流波陽(はる):劇団「かもかも」の俳優。医者役。
【場面設定】
公民館の一室。劇団「かもかも」の練習中。

恋流波陽(はる):(看護師のおはぎはんに)君、メス。
(一拍置く。おはぎはん、怪訝な顔でフリーズする)
おはぎはん:だれがメスやねん。
徒然士:ストップ。おはぎはん、なんだいまの妙な間は。医者がメスを渡せと看護師に命じ、それを看護師役の君が、「メス、雌やと?」と切れる演技だろう。切れる演技には、キレが必要だ。間は芝居を殺す。
おはぎはん:徒然士先生、でもですよ。「メス」と言われて、この看護師は、「メス? 私の名前はメグですよ、先生」の「だれがメスやねん」なのか、「メス? 私は手術用具のメスやなくて、人間です」の「だれがメスやねん」なのか、「メス? オス、メスのメス? いちいち確認いる?」の「だれがメスやねん」なのか、その「間」ですやん。他にも、いろいろ解釈の余地がありますやん。
徒然士:そんな、この看護師の脳内をそこまで掘り下げなくてもいい。君は、相手が「私の名前は、山本です」って言ったら、「山本は1本2本の山本ですか、それとも、元々はの山元ですか?」って返すのか?
おはぎはん:まあ、そうやな。性格的には、返しますね。
徒然士:それは君の性格であって、役の性格ではないだろう。これは、言わば、芝居の、板の上での「お約束」というやつだ。
鴨下留美子:浅いわね、徒然士先生。
徒然士:え、留美子さん?
留美子:(パイプ椅子から立ち上がり、中央へ)あなたのその「お約束」という思考停止ワードこそ、日本の現代演劇を20年は後退させている元凶よ。
徒然士:後退って、大げさな。これはテンポを重視した古典的な手法ですよ。
留美子:自分ひとりで、後退させたとでも思ってるの?
徒然士:いや、留美子さんが今、そう、言った。
(議論の行方を見守る、おはぎはんとはる)
留美子:あなた、古典的な手法と言ったわね。それは古典ではなく、ただの怠慢よ。おはぎはんが見せたこのアプローチこそ、私が求めていた「多重干渉的記号解釈」の萌芽よ。
徒然士:多重、何ですか?
留美子:覚えるのよ。覚えて、怯えるの。舞台上に存在する言葉は、単なる音響現象ではない。客席に届くまでに、無数の観客の個人的なコンテキストと衝突し、屈折する。おはぎはんが「メス」という一語を受け取った瞬間、彼女の脳内は「道具」「性別」「人名」という三つの量子状態で重ね合わされている。その重ね合わせ状態、つまり「シュレーディンガーの看護師」が、いま舞台上で観測されたのよ。
徒然士:シュレーディンガーの看護師。何ですかその、箱を開けるまで生きてるか死んでるか分からない看護師みたいなのは。これは普通の医療コント劇ですよ?
留美子:普通だからこそ、そこに潜む不条理を顕在化させなければならない。おはぎはん。
おはぎはん:(声が裏返る)はい、留美子さん。
留美子:あなたのその脳内解釈の葛藤、とても素晴らしい。けれど、圧倒的に時間が足りないわ。
おはぎはん:足りない……ですか?
留美子:ええ。脳内で3つの解釈が衝突し、自己のアイデンティティを再定義して、最終的に「だれがメスやねん」という真理にたどり着くまでに、わずか2秒や3秒の間で済むはずがない。人間、そんなに脳の処理速度は速くないわ。間は、10分でも20分でも、あなたが納得いくまで取りなさい。
徒然士:20分! 舞台上で看護師が20分間も黙り込んだら、放送事故を通り越してただの演劇の死ですよ。
留美子:その沈黙、ビー・サイレントのなかにこそ、観客は自らの内面を投影するのよ。沈黙は死ではない。最も饒舌な対話よ。
はる:(素っ頓狂に)あ!
留美子:何、はる。何かひらめいたのね?
はる:確かに、英語だとそのあたりの同音異義語は考えなくてもいいですよね。日本語みたいに、同じ音でいろんな意味があるわけじゃないから、すっと伝わるというか。
留美子:浅い。はる、あなたのその思考、実にハリウッド的で薄っぺらいわ。
はる:え、そうですか? そういう話じゃないんですか?
留美子:英語だからといって、文字と音の葛藤がないとでも思っているの? 例えば、ユーモア作家のウッドハウスの小説に出てくる「スミス」という登場人物を知っている?
はる:スミス。よくある名前ですよね。
留美子:ええ、けれど彼の綴りは「P-s-m-i-t-h」、つまり、頭に「P」がつくのよ。そして、その「P」は発音しない、いわゆる「黙字」よ。スミス自身、自己紹介のときに「PsmithのPは、サイレントです」とわざわざ説明するの。PsychoのP、あるいはPterodactylのPと同じ。
はる:はあ。テ、テテロ、ダ?
留美子:翼手竜のことよ。辞書を引きなさい! ただし、Pの項よ! 発音されない「P」が、綴りとしてそこには厳然と存在する。発声されない沈黙の中にこそ、その文字の、その人間のアイデンティティが隠されている。これこそが「不在の現出」、プレゼンス・オブ・アブセンスよ。私たちは舞台上で、その発音されない「P」を表現しなければならないの。おはぎはんの取るべき「間」は、まさにその「P」なのよ。
おはぎはん:あ、いや、すんません。うち、ちょっと頭がついていかへんくなってきました。つまり、うちの「間」は、ドラゴンか何かの「P」と同じっていうことですか?
留美子:そうよ。存在しているけれど聞こえない「P」を、客席の最後列まで届かせるの。さあ、もう一度最初からやってみましょう。はる、おはぎはん、立ち位置に戻って。
はる:わかりました。ええと、じゃあ、いきます。
(二人は立ち位置に戻る。はる、役に入り、深刻な表情になる)
はる:君、メス。
(おはぎはん、動きを止める。じっと考え込むポーズのまま、完全に静止する。重苦しい静寂が流れる。10秒経過。30秒経過)
徒然士:ちょっと。
留美子:静かに。いま、彼女の中で「P」が、翼手竜の翼を広げているわ。
徒然士:いや、翼広げすぎでしょう。もう1分近く経ってますよ。客席ならとっくに咳払いが始まってますよ。あ、トイレに立つ人も。
(おはぎはん、微動だにせず、虚空を見つめ続けている)
徒然士:はる君も。メスを差し出されないまま、何でその手を差し出したポーズで固まってるんだ。医者としておかしいだろう。
はる:(必死に姿勢を保ち、プルプルと震えながら、小声で)僕もいま、自分のセリフの「メス」のなかに含まれる、見えない黙字の可能性について考えています。
徒然士:メスに黙字はねえよ。おい、誰かこの地獄の静寂を止めてくれ。
(おはぎはんの深遠な沈黙がどこまでも続く)
作・千早亭小倉







