コントパターン:4「ポーカーフェイスの探り合い」
【登場人物】
氷上 静:現代思想家。ブックカフェ「シズカ」オーナー。事象を論理で解体しようとする理性の信奉者。
徒然士:ここあん大学日本文学科講師。完璧な様式美を信奉する、気難し屋の文芸評論家。
鶴亀 昌子:編集プロダクション「ぽんちょ」の社員。過酷な現実を冷徹にスルーする実務担当。
古河モン太郎:同「ぽんちょ」の社長。元演歌歌手。
【場面設定】
編集プロダクション「ぽんちょ」の応接室。氷上静と徒然士が向かい合って座っている。テーブルの上には、発行されたばかりの月刊『ぽんちょ』、その脇に数枚のハガキが置かれている。

徒然士:静さん、今月の月刊『ぽんちょ』、読者投稿欄はもう目を通されましたかな。
氷上静:ええ。先生の連載評論に、また熱心なファンからの賛辞が掲載されていましたね。
徒然士:「また」、と?(まんざらでもない顔)そうなのだよ、連載開始当初から、ありがたいことに応援してくれている読者がいるようでな。しかし、静さんのエッセイに寄せられた感想も、実に見事なものでしたよ。氷の城壁の奥にある人間的な温かみを的確に捉え、それを讃える静謐な文章だった。プロ顔負けの美文だ。
静:読者が、行間を正しく読み取ってくれた証左でしょう。ですが、先生のファンの方の文章、毎月毎月のことで気づいたのですが、どこか先生ご自身の文体に似ていませんか。大仰な比喩、尊大な読点の打ち方。
徒然士:私ともども褒めていただいたものと理解しておこう。いや、優れた読者とは、敬愛する作者の文体と同期していくものなのだろう。とはいえ、静さんのファンの方も、あなたの好む硬質な論理展開を完璧になぞっていましたよ。あなた自身が鏡に向かって書いたかのように。
静:何をおっしゃりたいのか、わかりません。わかりたくもないですが。
(机の上にまとめて置かれた数枚のハガキに、徒然氏が目を留め、いちばん上のハガキを手に取る)
徒然士:(大仰に)ああ、そう、そう、そう。これだ。青に争いと書いて、何と呼ぶのだ、「青争」とでも読めばいいのか。変わった名前だからよく覚えている。あなたのエッセイを誉めそやした御仁のペンネームだ。むむむ、住所こそないが、静さんの隣近所に住まわれているような書きぶりでもある。
静:近所、ですか? 実家は、成城ヶ丘ですが。
徒然士:それそれ。「祖師ヶ谷では」どうたらこうたらという書き出しだ。
静:成城ヶ丘と成城学園前は、関係がありませんので、あしからず。
(静も、ハガキを1枚手に取る)
静:こちらは、先生のファンの方のハガキですね。ああ、これは、先生がいつもお使いになっている万年筆と同じ、ブルーブラックのインクでは?
徒然士:ほう。私の使っているインクをご存知とは、別の意味で執着至極ですな。
静:これは仮定の話ですが、自己愛を満たすために、自分で自分に賛辞を贈る。それは精神の孤立を示す、なんとも悲しい箱庭遊びと言えるでしょうね。
徒然士:仮定の話なのですよね。そういう輩がいるとするならば、私も思うところがある。自分のエッセイの反響の無さに耐えかねて、偽りの読者を創造する。それは、痛々しいお人形遊びだ。
静:誰とは申しませんが、自身の虚栄心を晒す行為は慎まれるべきかと。
徒然士:「べき」とな。「べき」でしょうな。百パーセントあなたに同意するよ、静さん。たとえ孤独に耐えきれずとも、自らの手で架空の理解者を作り出すべきではない。虚しいことだ。
(そこへ、入り口のドアが開き、編集プロダクション「ぽんちょ」社員の鶴亀昌子が書類の束を抱えて入ってくる)
鶴亀昌子:大丈夫ですか? 大丈夫ですね。議論白熱中でした? 静さん、徒然士先生、すっかりお待たせしてしまって。来月の企画書、臼葉がまた、1行企画100個勝手に挿入したもので、いま作り直させてるところでして。お時間もう少し大丈夫ですか? お部屋、分けたほうがいいですか?
静:このままで結構です。いま、徒然士先生と、読者投稿欄について楽しくおしゃべりしていました。時間は気になさらずに。
徒然士:おお、かめちゃん。今月の読者投稿欄、なかなか盛況だったではないか。私の記事への反響も大きかったようで。これは、来月号から、投稿欄のページを増やさねばではないか? 「徒然士へのお便りコーナー」をな。
昌子:実は、そのことなんですが、あの、それが。
(そこへ、「ぽんちょ」社長の古河モン太郎が通りかかる)
昌子:社長! ほら、あの、投稿欄! 投稿欄のこと!
古河モン太郎:(応接室を覗く)あ? ああ。悪い、徒然士先生、そして静さん。読者からの投稿な、ここ何ヶ月、1枚も来てないんだ。じゃ、かめちゃん、そういうことで、後は任せた。
(モン太郎、そう言い残し、どこかに行ってしまう)
静:1枚も?
徒然士:では、あの私の評論への熱烈なまでの賛辞は。
静:自作自演……。
徒然士:失敬な。それは、君のほうだろう。
昌子:自作自演……と言うんですかね、これも。
静:これも?
昌子:あれ、ページの枠を埋めるのに、社長が、居酒屋で焼き鳥を齧りながら全部ひとりで書いたんです。
静:社長が? 居酒屋で。
昌子:ええ。
徒然士:もつ煮をつまみに。
昌子:焼き鳥です。焼き鳥。読者ハガキを書くには、居酒屋で焼き鳥と決めているようで。徒然士先生の評論には「俺が先生の立場ならこう褒められたい」、静さんのエッセイには「冷血な女は、本当は優しいって言われたがってるはずだ」と。すみません! 社長の勝手な妄想と熱量だけででっち上げた架空のハガキです。
静:「冷血な女」って。
昌子:あ、「冷たい女」でした。間違えました。
徒然士:大同小異。
昌子:嘘とは言え、おふたりが少しでも納得してくださるようなお便りになっていれば幸いです。社長、焼酎を飲みながら泣いて書いてましたから。モン太郎の感想としては、嘘ではなく、本当です。
徒然士:嘘かどうか以前に、「幸い」の意味を履き違えているだろう。
静:(手にしたハガキをひらひらさせながら)それより、なんでわざわざハガキまで。テキストを打てば済むでしょうに。
昌子:社長は、「魂の人」ですから。ハガキに書くのは当たり前です。そして、それだけじゃなくて、ちゃんと、別々のポストから投函しに行って。
徒然士:馬鹿じゃないのか。
昌子:はい。馬鹿です。あ、私、ちょっと臼葉の様子を見てきます。
(昌子が一礼し、そそくさと部屋を出ていく。昌子が「社長!」「臼葉ぁ!」と何やら怒鳴ってる声が聞こえる。静と徒然士の間に、重苦しい沈黙が流れる)
徒然士:荒れてるな、かめちゃん。
静:はぁ。(手にしたハガキを見直す)ブルーブラックのインクに見えましたが、焼き鳥のタレの染みと言えば、そう見えなくもないです。(ハガキに顔を寄せる)かすかに香りますし。
徒然士:「青」に「争う」で「静」か。ペンネームにまで凝って。それに、この消印……。ほんとうに世田谷までハガキを出しに行ったのか。暇なのか? いや、やはり馬鹿だ。
静:私たちの腹の探り合いは、モン太郎劇場の幕間の喜劇だったというわけですね。
徒然士:静さんのエッセー、いや、本当にあれはなかなか良かったんだ。なんなら、私が読者のハガキを書くとしようじゃないか。
静:でしたら、私も先生の評論の……あ、いや、やめておきます。
徒然士:なんだそれは! 書けよ。ちょんまげが、音を立てて抜け落ちたわ。
(幕)
作・千早亭小倉







