【登場人物】
はるひこ(10):長男。自分の作品がなぜ面白くないのか分からない。
なつひこ(5):次男。言葉は話さず、いつも「らっら」と言っている。
まさよし(45):父。弁護士。すぐ小言を言うが基本は無気力。
みちこ(40):母。専業主婦。いつも疲れている。
【場面設定】
昭和47年、秋。世田谷区砧のはるひこ家の居間。はるひこは床に腹ばいになり、手作りのボードゲームとわら半紙の束を広げている。なつひこは床に座り、白いレンゲを等間隔に並べている。みちこはソファで雑誌『主婦の友』を顔に乗せて昼寝中。
(はるひこが、手作りのボードゲームを指でつつく)
はるひこ:お母さん、僕が作ったボードゲーム、学校に持っていったんだけど、みんな途中でやめちゃうんだ。なんでだと思う?
みちこ:(雑誌の下からくぐもった声で)さあねえ。そんなもの持っていっていいの? 決まりがあるでしょう、学校には。
はるひこ:(それには答えず)サイコロを振って進むだけだよ。途中のマスに「一回休み」とか「ふりだしに戻る」とか書くのはやめたんだ。進まないから。最後まで進むだけなのに、どうしてつまらないんだろう。
(書斎のドアが開き、海外ミステリーの文庫本を握りしめたまさよしが出てくる。おでこにシワが寄っている)
まさよし:やかましい。子どもがサイコロ遊びか。お前がおもしろいならいいだろう。
はるひこ:ぼくもつまらないよ。
まさよし:当然だ、おんぱりそ。決まりが明文化されていないゲームなど、社会の縮図たる学校で受け入れられるはずがない。罰則も報酬もないすごろくなど、休日の私より退屈だ。
はるひこ:そっか、お父さんの休日は罰則がないから退屈なんだね。
なつひこ: (部屋の空気が悪くなるが気にしない)らっら、らっら。
(なつひこが並べたレンゲの端を指で弾くカチン、カチンという音がする)
はるひこ:学級新聞の連載小説もそうなんだ。主人公のはっちゃんが紫色のキノコをとりに行く話なんだけど、自分で読んでもちっとも面白くないんだ。どうしてかな。
まさよし:物語には起承転結という決まりがあるのだ。お前の文章はどうせただの事実の羅列だろう。登場人物の葛藤がない。それでは誰も読まん。
はるひこ:気象? 気象天気? カットウ? カットウってなに?
まさよし:(鼻で笑って)ふん。なんだ、葛藤も知らないでおんぱりそは小説を書いているのか。話にならん。他人に聞かず、辞書を引け。
(まさよしはくるりと背を向け、書斎に戻ってドアをバタンと閉める)
みちこ: (雑誌を顔からどけずに)おとなげない。
なつひこ: だっ!
(なつひこが突然立ち上がり、横向きにぴょんぴょんと三回飛び跳ねて、また元の場所に戻ってしゃがみ込む)
はるひこ:(大人用の国語辞典を引き寄せ、ノートにカリカリと書き始める)『ぼくの小説は「かっとう」がないので面白くない。葛藤。心の中に相反する欲求が起こり、その選択に迷うこと』。
みちこ:あんた、意味わかるの?
はるひこ:わからない。ねえ、お父さんはわかるのかな?
みちこ:(答えない)
はるひこ:他人に聞くなって言ってたよ。お父さんは他人なの?(ノートにまた何か書き始める)『例文。お父さんは葛藤の意味を』(途中まで書いてノートを閉じる)
(居間には、なつひこの「らっら」というハミングだけが静かに響いている)
(幕)
作・千早亭小倉
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