箱庭コント「ここあん村住人、ノイズって言いすぎ問題」

【登場人物】
音山 拾:フリーランスの録音技師。音を偏愛し、言葉の意味より音響的価値を重んじる。
平泉 慧:ここあん大学大学院生(理論物理学)。エネルギー保存の法則を遵守する絶対静止の省エネ主義者。
辻 さゆり:フリーランスの校正者。無駄な装飾や論理の破綻を容赦なく削ぎ落とす「言葉の外科医」。
東山 キイロ:喫茶「小古庵」アルバイト。底抜けに明るい「天然のクラッシャー」。
ダダダさん:不思議おじさん。相手の言葉を無条件に全肯定する完全共感体。

【場面設定】
昼下がりの喫茶「小古庵」。窓際の席に、平泉慧と辻さゆりがばらばらに座っている。平泉慧は頬に手を添えた絶対静止の姿勢でコーヒーの湯気を見つめている。辻さゆりは文庫本を読みながら、手にした赤ペンのキャップをはずしたりはめたりを繰り返している。そこへ、音山拾が首にヘッドホンをかけ、ガンマイクの風防を撫でながら入ってくる。

音山 拾:(カウンターに座り、さゆりにマイクを向ける)昨日の夜の録音、最高だったよ。さゆりさんが原稿用紙をめくる時の、あの親指と紙の繊維がこすれる微細な摩擦音。コンプレッサーを通すと、極上のノイズに化けた。

辻 さゆり:(赤ペンのキャップを音を立てて閉めて)音山さん。紙の擦過音に物語としての意味はありません。不必要な環境音は、情報伝達におけるただのノイズです。録音データから削除してください。

音山:削除? 冗談じゃない。そのノイズにこそ、深夜の校正作業の切迫感という生々しいリアリティが宿るんだ。意味のない音なんてない。

平泉 慧:(眼球だけを動かして音山を見る)音山くん。あなたの「ノイズ」の定義は、熱力学的に極めて不正確だと思う。

音山:なんだよ、不正確って。(対象を慧に変更し、マイクを無遠慮に突き出す)ノイズだけに聞き捨てならん。

さゆり:寒い。

:(マイクを完全に無視して)紙が擦れる音は、物理的な運動エネルギーが音響エネルギーに変換された明確なシグナルよ。私が忌み嫌う「ノイズ」とは、完璧な数式やエネルギー保存の法則の計算結果を狂わせる、観測上の不確定要素のこと。例えば、あなたが今、無駄に身振り手振りを交えて発生させた室内の微細な気流の乱れ。これこそが、私の省エネ計画を狂わせる本物のノイズよ。

音山:(マイクの先端を平泉に向ける)数式上の誤差なんて、耳では聴き取れないじゃないか。俺が求めているのは、鼓膜を物理的に押し込んでくるノイズだ。

さゆり:お二人とも、定義の解像度が低すぎます。ノイズとは、いま私が読んでいる小説にある「悲しみのような痛みが胸を締め付けた」というような、論理が破綻した冗長な修飾語のことです。痛いのか悲しいのか、情報が重複して意味が相殺されている。これこそが、思考のノイズです。

:それはただの言語野のエラーよ。物理的な影響力を持たないわ。

音山:そうだ。さゆりさんの言うノイズには、重低音の圧が足りない。

さゆり:(ペンを置き、二人を冷徹に見据える)物理的影響力? 重低音? いいですか、不純なテキストデータは読者の認知負荷を増大させ、脳のカロリーを無駄に消費させます。慧さんの嫌う「エネルギーの無駄遣い」そのものでしょう。

:……(少し目を見開く)。

音山:くっ、言葉の外科医のくせに、物理のロジックで殴りかかるなんて、(風防を撫でながら、なぜか口調が変わる)ひどいや。

(そこへ、東山キイロがトレイに水のグラスを乗せ、厨房から軽快なツーステップで現れる)

東山キイロ:シルヴプレ! お冷やのおかわり、お持ちしました!

(キイロがグラスを置く際、水が少しこぼれて慧の席を濡らす)

:キイロさん。今の、水滴の落下による運動エネルギーの無駄な消費。

キイロ:あっ、これは、失敬プレ! でも、ここあん村の人たちって、ほんとに「ノイズ」って言葉隙ですよね。

さゆり:好き嫌いではないと思うわ。

キイロ:でも、毎日、何十回って聞きますよ。みなさんの熱量は、その中でも「ノイズ、ノイズ」って、すごかったです! お店の外まで聞こえてましたよ。

音山:キイロちゃん、お店の中にいたでしょう?(まだ口調が変)

さゆり:これは熱量ではありません。情報の定義に関する、必要な意見のすり合わせです。

キイロ:定義? でも、聞いてたらなんだかすごくシンプルな話に聞こえましたけど。

音山:シンプル? 君、俺たちが語っているのは、音響、物理学、そして言語学におけるノイズの深淵だぞ。

キイロ:えー? だって、音山さんにとっては「台本にない音」で、慧さんにとっては「計算外の数字」で、さゆりさんにとっては「いらない文字」ってことですよね?

さゆり:まあ、極限まで簡略化すれば、そうですが。

キイロ:要するに、それって全部「注文してないのに勝手についてきた、付け合わせのパセリ」みたいなものじゃないですか!

慧・さゆり・音山:(同時に)パセリ……?

キイロ:はい! ハンバーグ頼んだのに端っこに乗ってるパセリ! 食べないで残してもいいけど、あるとちょっとお皿の彩りが良くなるじゃないですか。みなさん、その「パセリを食べるか残すか」の話で、あんなに難しい顔して言い合ってたんですか?

:パセリ。私の観測上の不確定要素が、シソ科の二年草に変換された……。

さゆり:不要な修飾語が、ハンバーグの彩り……。

音山:俺が拾った至高の摩擦音が、ただの付け合わせ……。

キイロ:あ、でもパセリって栄養あるらしいですよ!

神崎志乃(小古庵のママ):(声)キイロちゃん、ダダダさんの定食上がったわよ。

キイロ:はーい。

(キイロ、厨房に戻る。慧は絶対静止のまま目を閉じ、さゆりは無表情でゲラを裏返し、音山はマイクのスイッチをそっと切る。三人の高度な知性が、パセリの前に完全に沈黙する)

キイロ:(カウンター席のダダダさんに湯気の立った皿を出す)ダダダさん、小古庵オリジナル「パセリのハンバーグ添え」でーす。あ、ソースこぼれちゃった。

音山:パセリの。

さゆり:ハンバーグ。

:添え!?

キイロ:(ダダダさんに)美味しいですよね、パセリ。

ダダダさん:ほんとだねー。

(音山、さゆりが、ダダダさんに出された料理を見にカウンターへ駆け寄る。慧も、立ち上がろうとして、ぐったりと座り直す)

(幕)

作・千早亭小倉

[コント台本・小説500本]

主な舞台は、椎名町三丁目から広がる箱庭「ここあん村」。箱庭コント作家・千早亭小倉の手による、どこか懐かしい日常劇やクスッと笑えるコメディ、沁みる掌編を絶賛公開中です。これからも「読むシットコム」の世界を追究していきます。
*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI. *無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|箱庭コントを紡ぐ 話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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