箱庭コント「魂が足りない!?」

【登場人物】
黒崎 文
:ここあん高校文芸部部長。文学の「魂」を重んじ、妥協なき批評を行う。
堂島 巧:文芸部員。物語を空間と物理の設計図として読み解く空間分析家。
天野 光:女子バスケ部員。直感で世界を受け止める全肯定ガール。

【場面設定】
ここあん高校、ペンタ下層階にある文芸部室。長机の上には、文芸部員神崎一樹から提出されたばかりの原稿用紙が置かれている。

黒崎文:駄文だ。

堂島巧:(手元の本から顔を上げずに)またか。

:そうだ。

堂島:そうだじゃない。部長の「駄文だ」がまたかという意味だ。

:しかたがないだろう。この文章も、決定的に「魂」が足りないのだから。

堂島:タマシイ。

:主人公が背後から追跡者に迫られている緊迫のシーンだというのに。見てみろ、ここの描写。この主人公は何も恐れていない。魂が抜け落ちた空っぽの操り人形が歩いているだけだ。

(堂島が本を置き、机の上の原稿を引き寄せる)

堂島:部長。その「空っぽ」についてだが、少し補足してもいいか。

:なんだ、堂島。言ってみろ。

堂島:この主人公、背後からナイフを持った男に追われている設定のようだが、右肩がまったく力んでいないし、重心も完全に前傾姿勢を維持したままだ。

:文章に肩や重心など書かれていない。

堂島:書かれていないことが問題なのだ。視線が前方に固定されたまま、一瞬でも後方を意識した微細な動作の描写が皆無だ。

(堂島がペンを原稿の上で走らせる真似をする)

堂島:つまり、後方の脅威に対する「気付き」が、身体的反応として一切テキストに反映されていない。魂が足りないというより、物理的状況を身体で理解している痕跡が足りない、という表現の方が正確だ。

(天野光が部室のドアを開けて入ってくる。手には購買のたまごサンドの袋を持っている)

天野光:あ、文ちゃん、堂島くん、お疲れ。

(文は光の挨拶に答えず、黙って原稿をじっと見つめている)

:廊下までふたりの声聞こえてたよ。

堂島:主人公が動く歩道に乗ったまま逃げているような文章について、少し指摘しただけだ。

(黒崎が不意に顔を上げる)

:堂島。

堂島:なんだ。

:お前は、魂の代わりに、随分とめんどくさい理屈を持ち出してきてくれたな。

:あはは、堂島くんはいっつも細かいもんね。それって要するに、歩きスマホしてて後ろから急に自転車のベル鳴らされて、ビクッてなるあの感じが書けてないってことだよね。

(文が光の言葉に少し目を見開く)

:自転車のベル。

:うん。あの時って、両肩がきゅって上がって、左右に身体が揺れたり、変なポーズでかたまったりしちゃうでしょ。恥ずかしくて、私、絶対キョロキョロする。

:なるほど。だが堂島、光。そのめんどくさい筋肉の硬直や……。

堂島:(文の言葉をさえぎり)天野、お前は歩きスマホをするのか?

:堂島、それはあとにしてくれ。筋肉の硬直や無様な歩幅の乱れ。それこそが、私の言う「魂」の正体かもしれん。

堂島:天野、歩きスマホの話は後回しだ。(間)ほう。

:今のは、何の「ほう」だ。

堂島:部長が今言った、「魂の正体」に対する「ほう」だ。

:なんだか、めんどくさいものが増えた気がする。まあ、いい。それでだ。迫り来る死の予感に対し、肉体が勝手に抗おうとする。その身体の軋みこそが、生きようとする魂の叫びそのものだ。よし、あの凡俗を呼べ。作者の神崎一樹を。肩の力みと重心と視線を3点セットで徹底的に叩き込んでやる。

:わあ、文ちゃんが物理の先生みたいになってる。

(光が、フレミングの法則のような手つきをする)

堂島:天野、磁場と電流から力の向きを知りたいのか? お前は二重に間違っているが。

(ふたりを無視して、文が原稿を高く掲げる)

:魂か。私は長いこと、この抽象的な言葉に甘え、具体的な構造分析から逃げていたのかもしれないな。

堂島:部長。今のその反省の独白も、結構「魂」寄りだと思うが。

:黙っていろ、堂島。

:あ、私たまごサンド食べていい? 難しい話をみんなでしたら、すっごくお腹空いちゃった。

(光がたまごサンドの袋を無邪気に開け始める。文は原稿を強く握りしめ、堂島は静かに本の世界へ戻っていく)

(幕)

作・千早亭小倉

[コント台本・小説500本]

主な舞台は、椎名町三丁目から広がる箱庭「ここあん村」。箱庭コント作家・千早亭小倉の手による、どこか懐かしい日常劇やクスッと笑えるコメディ、沁みる掌編を絶賛公開中です。これからも「読むシットコム」の世界を追究していきます。
*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI. *無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|箱庭コントを紡ぐ 話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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