【登場人物】
緑野 翠:ここあん村村長。総房地区の空きビル群を「ココアンバレー」として再生させようと企む。不都合なことは「てへっ」で誤魔化す。
佐野 健:FMここあんのエンジニア。無音とノイズを極端に嫌い、完璧に統制された音を愛する職人。
鈴本 美沙(ミサンガ):FMここあんのDJ。絶望的な状況を「映画みたい」と100%ポジティブに変換して楽しむ天然クラッシャー。
田中前 みち太:FMここあん局長。村長からの圧力と現場の板挟みで、常に胃を痛めている。
【場面設定】
ここあん村立図書館の庭にある、FMここあんのプレハブ仮設スタジオ。田中前局長と佐野健が、新しくなるスタジオの図面を見ながら夢を膨らませているところへ、緑野翠がやってくる。

田中前みち太:いやあ、長かったプレハブ生活もそろそろ終わりですね、佐野くん。新装される図書館4階のスタジオ、夢が広がりますな。新しい機材、広いブース。希望はここにあんねんよ。
佐野健:(田中前みち太を受けて)ここにあんねんよー。そうですね。4階なら完璧な防音施工が期待できます。このプレハブの隙間風や、雨が屋根を打つノイズから解放されて、究極のクリーンな音を村に届けられる。完璧なインフラの完成です。
緑野翠:(プレハブのドアを勢いよく開けて入ってくる)局長、サノケン、FMここあんのメンズお二方で夢を膨らませているところ悪いけれど、図書館4階への移転は白紙よ。
田中前:ええっ!?
翠:ええっじゃないわよ。スポンサーも集まらない赤字のラジオ局に、新装図書館の特等席は渡せないってこと。あなたたちの新しい移転先は、総房地区の雑居ビルよ。
佐野:そ、総房!? あのゴーストタウン化したオフィス街ですか! 冗談じゃない、あそこの空きビルの地下には、連日連夜、重低音を響かせる無許可のアングラライブハウスがあるんですよ! 床を伝わる振動で、マイクがバスドラの周波数を拾ってしまう! 放送インフラの死です!
翠:あのあたりは家賃も安いし、私の進める「ココアンバレー構想」のイノベーション特区の放送局として、逆に箔がつくじゃない。てへっ。
佐野:てへっ、じゃない! デッドエアへの冒涜だ! 私は完全に統制されたクリーンな音しか電波に乗せません!
鈴本美沙:(ヘッドホンを首にかけて奥から現れる)総房地区に移転するって、まじですか? 最高じゃないですか!
田中前:ミサンガ、最高なわけないでしょう。あそこは陸の孤島ですぞ。私の胃がもう悲鳴を上げている。
美沙:だからいいんですよ! 廃墟みたいな無人のビル群から、たったひとりのDJが世界に向けて希望の電波を発信する! まるで終末映画の主人公みたい! めっちゃサイバーパンクでかっこいいですよ!
佐野:ただの防音材のないボロビルだ! ちっともサイバーじゃない。壁の向こうの騒音が筒抜けの、音響の「いないないばー」だぞ!
翠:だれよ、いまババアって言ったのは。
田中前:だれも言ってないです。
美沙:地下から重低音が響いてくるなら、それに合わせてタップ踏めば最強のグルーヴが生まれますよ! ほら!(プレハブの床をドスドスと激しく踏み鳴らす)ワンツー! ワンツー!
佐野:やめろ! 振動でフェーダーが狂う!
翠:あのあたりを廃墟廃墟って呼ばせたくないのよ! 輝かしい未来のイノベーション特区だって言ってるでしょう? 勝手に終末世界の設定にしないでちょうだい!
美沙:そんな、緑野村長も、認めるところは認めて、いい意味で終末世界って言ってるんだから。滅びゆく世界のラストダンスをご一緒に、どうぞ!(さらに激しく床を踏み鳴らす)
翠:踊らされるのは嫌いなのよ! だめだわ、この子を総房のビルに放り込んだら、特区のイメージが世紀末の無法地帯になっちゃう!
田中前:村長、胃薬いります? ここにあんねんよ。
翠:あなたが飲めばいいでしょう! ああもう、移転先はもう一度検討し直すわ!
(翠が逃げるようにプレハブを出ていく)
佐野:助かった。インフラは守られました。
美沙:えー、サイバーパンクやりたいー!
(翠を追って、美沙が局の外へ出ていこうとする)
田中前:ミサンガ、ハウス!
美沙:(足を止め、不満げに喉の奥で、犬のような、もしくはベースアンプの重低音のようなグルーヴを鳴らす)ぐるるるる……。
(幕)
作・千早亭小倉






