【登場人物】
相田 ミキ:きさらぎタウンの主婦。他人の嫌味も皮肉もモモ肉も100%の善意で弾き返す、無自覚な天然クラッシャー。
鉄 美鈴:ここあん鉄道の駅員。秩序とダイヤを重んじ、無秩序が何よりの苦手。
三成 ミツヒデ:ここあん大学日本文学科講師。相手の言葉を、「要するに」と、みもふたもなく翻訳をする。
【場面設定】
ここあん鉄道「タウン駅」のホーム。壁にはガールズバンド「栗きんとん99」のライブ告知ポスターが貼られている。

相田ミキ:へえ、今週末は栗きんとんきゅっきゅーのライブかあ。ひさびさ、行ってみようかしら。
(鉄美鈴が、時刻表を抱きしめながら小走りで近づいてくる)
鉄美鈴:お客様。ポスターの記載を正しくお読みください。正式名称は(1音1音区切りながら)「く・り・き・ん・と・ん・きゅ・う・じゅ・う・きゅ・う」です。不正確な呼称の拡散は、駅構内における案内業務の重大な支障となります。
ミキ:えー、電車が遅れちゃうとか? でも「きゅっきゅー」のほうが可愛くないですか? なんか、イルカの鳴き声みたいで癒されますよ! きゅっきゅ、きゅっきゅー。
美鈴:イルカの鳴き声は駅の安全運行に不要です。可愛さは情報の正確性を担保しません。「え、今の何?」とだれかが思うことが、ダイヤの乱れにつながるやもしれません。ここは「栗きんとんきゅっじゅく」で統一すべきです。
三成ミツヒデ:(隣でスマートフォンを操作しながら)失礼。常々疑問だったのですが、駅員さん、あなたのその発声、音声学的に完全に破綻していますよ。
美鈴:は、破綻? 何がですか?
ミツヒデ:あなたは「きゅうじゅうきゅう」と正確に発音しているつもりでしょうが、焦燥感による呼気の乱れで摩擦音が脱落しています。結果として出力されているのは「きゅうじゅうきゅう」ではなく、「きゅっじゅく」です。
美鈴:きゅ、きゅっじゅく? そんな、私は駅員として日本語の拍を守った正確なアナウンスを……それが、きゅっじゅく。
ミツヒデ:失礼、専門的すぎましたね。要するに、「他人の間違いを正そうとして必死になっている本人が、一番盛大に噛んでいる」ということです。
ミキ:あはは! きゅっじゅく! それ、すっごくステキ! きゅっきゅーより可愛いかも! 駅員さん、新しい言葉を作る天才ですね!
美鈴:天才と言われても、うれしくありません! 私の秩序が……発音確認、栗きんとんきゅっじゅく……ヨシ……いや、だめ。栗きんとーんきゅじゅきゅー……。あれ?
ミキ:いまの、「きゅじゅきゅー」って、駅員さんっぽい。
美鈴:ぽいではなく、駅員です。
ミキ:ねえ、ミモフタさんも一緒に言ってみましょうよ。きゅじゅきゅー!
ミツヒデ:お断りします。僕は調音器官のコントロールを完全に掌握していますので、正確に「きゅうじゅうきゅう」と発音できます。
ミキ:いいから、やってみて! 絶対可愛いから! さん、はい!
ミツヒデ:栗きんとーん、きゅじゅきゅー!
ミキ:わあ、すごい。ねえ、ハモって、ふたりでハモってみせて!
ミツヒデ:僕の完璧な滑舌が、他者の不条理なテンポに巻き込まれてエラーを起こすなんて。ああ、僕の内部データが今、暴力的に書き換えられていきます(なぜかうれしそう)。
美鈴:やめてください。駅のホームで不正確な音声を増殖させないで。そろそろ、発車時刻です。(ミキとミツヒデを電車にうながす)
ミキ:じゃ、次は、きゅじゅきゅーのライブ会場でね。
ミツヒデ・美鈴:行きませんから(きっぱりハモる)。
(幕)
作・千早亭小倉






