【登場人物】
小春ちゃん:恋流波東彦が書いた40年前のシナリオ『小春ちゃんワンダーランド』のヒロイン。吸わない系のポンコツ吸血鬼。エプロン姿がトレードマーク。相手を噛んで変身させる能力を持つ。
中野 あやね:中野楓子の祖母。40年前の自主映画『小春ちゃんワンダーランド』で初代「小春ちゃん」を演じた。小春ちゃんが登場したことで、なぜか40年前に若返っている。
中野 楓子:あやねの孫。ここあん大学の学生。令和リメイク版『小春ちゃんワンダーランド』映画で2代目「小春」を演じる。
【場面設定】
中野家の台所。夕食の準備中。

中野楓子:あやねさん……っていうか、あやねちゃんだね。若ーい! この子、トマト切れないって。
小春ちゃん:この赤、どうしても血を想像しちゃって。血を吸うの苦手なんです。
中野あやね:トマトは血じゃないわよ。それに、小春ちゃんは、血は吸わないでしょう? 噛むのよね。
小春ちゃん:カプッて噛んで、その人がなりたいものに変身させます。あやねさんは何になりたいですか?
あやね:(手で制して)私はお鍋の火加減を見てるから、結構。お願いだから、変えないでね。
楓子:私は、テスト前だから天才の脳みそになりたい。ねえ、小春ちゃん、私を噛んで。
あやね:楓子、やめておきなさい。昔、私が東彦さんを噛んだ時は、ひどく痛がって撮影が止まったから。
楓子:え。あやねさん、お芝居なのに本当に噛んだの?
あやね:メソッド演技よ。
小春ちゃん:本物の私から見ても、初代のあやねさんのカプッは情熱的でした。
楓子:どうやって見られるの? でも、あやねさんって、案外と容赦ないんだね。
あやね:(懐かしそうに)ふふっ。
楓子:あっ、私が天才の脳みそになったら、テストの答案はどうやって書けばいいんだろ。ペンが持てないじゃん。
小春ちゃん:賢いですね。私が何とかできればいいんですが、何しろポンコツで。代わりに私がこのトマトを噛みます。
楓子:何の代わりにもなってないじゃない。
小春ちゃん:(聞いてない)見ててください。トマトがなりたいものに変身しますから。
あやね:トマトがなりたいものって何かしら。
小春ちゃん:カプッ。
(吸血鬼の小春がトマトを噛む。ポンッという音とともに、赤い水たまりができる)
楓子:うわっ、ただのトマトジュースじゃん。まな板からこぼれてるよ!
小春ちゃん:トマトはジュースになりたかったんです。100パーセント、大成功です。
楓子:台所がびしょびしょだよ。これじゃ0点っていうか、赤点だよ。ねえ、早く拭くもの探して!
小春ちゃん:だれか、ふきんになりたいって思ってください!
あやね:いいから、そのエプロンで拭きなさい。
(幕)
作・千早亭小倉





