概念ラノベ第5講 第1話「概念界の危機と、昭和へのダイブ」

灰色の濃淡だけで構成された「忘れられた概念アパート」の日常は、相も変わらずどんよりと澱んでいた。

激務に倒れた弱小SE戦士(なんだそれ?)であり、今は概念「月曜日の憂鬱」として人生をやり過ごすイチローは、壁にかかったカレンダーの赤黒い文字を眺めながら、深いため息をついた。 

隣室からは「二日酔い」が吐き気と頭痛に苛まれる呻き声が壁越しに漏れ聞こえ、廊下では「言い訳」が誰に聞かせるでもなく「だって」「でも」と自己弁護の予行演習を繰り返している。「ダダダさん」という謎の絶対的肯定者がここあん村へと帰ってから、底辺の概念界は再び元の、退屈で鬱屈としたバランスを取り戻していた。

だが、その平穏は、唐突に打ち破られた。

無機質だった概念界の空が、不気味な赤茶色――いわゆる「セピア色」に染まり始めたのである。

「おい、なんだあれは……!」

窓から外を見上げたイチローは、靄でできた身体を震わせた。 

彼方の丘にそびえ立つ光の塔、すなわちポジティブ概念たちが住まうセレブ街で、かつてない異常事態が起きていた。眩いばかりの光を放っていた「希望」や「愛」、「幸福」といった太文字のエリート概念たちが、まるで古いアルバムの写真のように急速に色褪せ、セピア色の光に包まれていくではないか。

「えっ、嘘、待って! 私、まだ世界中に愛を配り終えてないのにぃ!」

「絶望するな! 私がいる限り未来は……って、あれ、体が薄く……?」

「希望」も「愛」も、その悲鳴すらカサカサと乾いたノイズに変わり、あっという間に空間から削り取られるように姿を消してしまった。

「概念界警察だ! 規制線を張れ!」

事態の収拾に駆けつけた冷徹な捜査官「真実」すらも、己の完璧な論理体系には存在しない「セピア色の波」を浴びた途端、「事実確認不能……エラー……解析不能……」と虚しい電子音のような呻きを上げ、古い新聞記事の切り抜きのようにペラペラになって消滅してしまった。

――謎の「セピア化現象」。 

それは、世界の煌びやかな要素から順番に、その存在を『過去のもの』として強制的にアーカイブし、シャットダウンさせてしまう恐ろしい災害であった。

「なあ、俺たち、なんで無事なんだ?」

アパートの廊下で、「二日酔い」が胃のあたりを押さえながら首を傾げた。

「さあな。俺たちみたいに薄汚れた日陰者は、セピア色に染め甲斐がないからスルーされたんじゃないか?」

イチローが自虐的に鼻を鳴らす。

「だって、消されるならもっと目立つ奴から狙うのが効率的じゃないですか。俺たちが残されたのは、決して俺たちの自己主張が足りないわけではなくてですね」

「言い訳」が早口でまくしたてたが、事実として、華やかなポジティブ概念や強い権力を持つ者たちが優先してターゲットにされているのは明白だった。だが、彼らがいなくなれば世界のバランスは崩壊し、最終的にはこの吹き溜まりのアパートごと消滅するのは時間の問題である。

「『希望』の塔があった場所に、妙な穴が空いてるぞ」

イチローが指さした先には、空間が物理的に引き裂かれたような、歪な次元の裂け目が口を開けていた。セピア化現象の中心地であり、消えた概念たちが吸い込まれたブラックホールのような痕跡だ。

「まさか、お前、行く気じゃないよな。せっかく『理性』とかいう小うるさい連中がいなくなって、天下の酒盛りし放題だってのに」

イチローの表情から何かを読み取ったのか、「二日酔い」が嫌そうに顔をしかめた。

「バカ言え。あいつらがいなきゃ、お前の『二日酔い』もただの虚しい頭痛に成り下がるんだぞ。行くしかないだろ」

かくして、消去法で世界を救うハメになったネガティブ概念の三人組は、悲壮な覚悟を決め(「言い訳」は「俺は留守番のほうが適任だ」と抵抗したが首根っこを掴まれ)、その次元の裂け目へと身を躍らせたのである。

強烈な重力と、意識が裏返るようなめまい。

無臭で温度のない概念界に慣れきっていた彼らの五感に、突如として圧倒的な「情報量」が雪崩れ込んできた。

「うおっ……!」

地面に叩きつけられたイチローが目を開けると、そこは概念界でも、ファンタジーのような空想の世界でもなかった。

鼻を突くのは、アスファルトの照り返しと、どこかの家から漂ってくる夕餉のカレーの匂い。耳に飛び込んでくるのは、カンカンカンという踏切のけたたましい警報音と、ガタンゴトンと行き交う大型通勤車両の轟音である。開かずの踏切らしく、踏切のこちら側もあちら側も、人や車で溢れかえっている。

見覚えがあるような無いような、この車体。

――え、小田急線?

空を見上げれば、セピア色ではない、本物の鮮やかな青空が広がっている。

「……ここは、どこだ?」

起き上がったイチローは、自分の手を見て驚愕した。半透明の靄だったはずの身体が、実体を持った人間の姿――ヨレヨレのスーツを着て、疲れ切った表情を浮かべるサラリーマンの姿に固定されているではないか。

隣を見ると、「二日酔い」は頭にネクタイを巻き、赤ら顔で千鳥足の中年親父に。「言い訳」に至っては、ランドセルを背負い、膝をすりむいた小学生の姿になっていた。

「な、なんだこの格好は!? なんで俺が小学生なんですか! だって俺、中身はれっきとした大人の概念で……」

「うるせえ! 俺なんか、なんでこんな昭和の酔っ払いテンプレみたいな姿なんだ!」 

「落ち着け! どうやら俺たちは、この世界の誰かの『具体的な解釈』に強引に引っ張られて、強制的に実体化させられたらしい」

イチローの推測は正しかった。

そこは、1972年(昭和47年)の東京都世田谷区。小田急線の成城学園前駅近く。

高度経済成長期の熱気と、土着的なのんびりした空気が混在し、小田急OXや成城パンといった店舗が生活のインフラを支える、圧倒的な「現実世界」だった。

なぜ、概念界の危機が、この極めて具体的でローカルな日本の過去の風景に繋がっているのか。

「おい、あそこを見ろ」

イチローが指さした先。

未舗装の路地の片隅に、分厚い国語辞典を広げ、何事かをぶつぶつと呟きながら左手に持ったえんぴつでノートに何やら書き込んでいる、少年の姿があった。

そしてその傍らでは、白いレンゲを手にした5歳くらいの男の子が、外界には一切無関心な様子で「らっら、らっら」とハミングしている。

兄弟だろうか?

世界を揺るがすセピア化現象の鍵を、この奇妙なふたりが握っている?

ポジティブ概念たちを救うため、ネガティブ概念たちの、昭和40年代のリアルすぎる日常への果てしなく泥臭いダイブが、今ここに幕を開けたのだった。

(第2話に続く)

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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