【登場人物】
はるひこ:主人公。小学生。
なつひこ:はるひこの弟。いつも「らっら」と言っている。
みちこ:はるひこの母。専業主婦。いつも疲れている。
【場面設定】
昭和48年、夏。成城のはるひこ家の居間。扇風機が首を振りながら「ぶーん」と音を立てている。みちこが青いタオルケットをかけてソファで横になっている。はるひこは、ソファのそばにうつぶせになり、小学校の図書室で借りてきた『犬の飼い方』という本をめくっている。なつひこは床に座り、十数本の白いレンゲをきっちり等間隔に並べている。
みちこ:(はるひこに)うちでは飼わないわよ。(みちこ、にべもない)
はるひこ:(それには応えず)犬も、1日に12時間から15時間寝るんだって。
みちこ:犬「も」って、犬と何とくらべてるのよ。
はるひこ:おかあさんも、「犬、お断り」なんだね。
みちこ:今度は、おかあさん「も」って。おとうさんも、犬はだめだって言ったでしょう?
はるひこ:おとうさんには聞いてないよ。『スヌーピーの大冒険』だよ。おかあさんがこの前連れてってくれた映画。スヌーピーが、あちこちで「犬、お断り」って看板出されて、追い出されてたでしょう?
みちこ: ああ(生返事)そうだったわね。
なつひこ:らっら、らっら。
(なつひこ、レンゲの端をカチンと指で弾く。はるひこ、みちこがかけている青いタオルケットを剥ぎ取る。みちこ怒るでもなく、寝返りをうち、はるひことなつひこのほうを見る)
はるひこ:(なつひこの手にタオルケットを握らせようとする)なっちゃん、ほら、これ。
(なつひこは手についたタオルケットをバサッと払い落とし、レンゲの列を見つめ続ける)
なつひこ: だっ!
(なつひこ、立ち上がって、ぴょんぴょん飛び、また元の場所に座る)
みちこ:(寝返りをうち、はるひことなつひこに背を向ける)なつは、ライナスじゃないわよ。
はるひこ:(目を丸くして)よくわかったね。
みちこ:寝てたのは最初だけだから。
(扇風機がぶーんと回り、なつひこの「らっら」というハミングが、暑い居間の空気に混ざっていく)
みちこ:(背を向けているので、少しくぐもった声)前の家に住んでた時、なつが、うちの窓から隣の家の庭に落っこちて、ドーベルマンに食べられそうになったでしょ。
はるひこ:あった。びっくりした。なっちゃんの大冒険。
みちこ:「大冒険」じゃないわよ。毛布返して。もう、犬はこりごりよ。
(なつひこ、指を耳元でこすり合わせてにやにやしている)
(幕)
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