箱庭コント301「分速400メートルの弟」|はるなつコントシリーズ

登場人物
はるひこ(10): 主人公。小学5年生。算数の問題文に隠された人間ドラマを読み解こうとする。
なつひこ(5): 弟。耳の横で指をこすり合わせるのが好き。
みちこ(40): 母。専業主婦。ソファが定位置。
まさよし(45): 父。弁護士。なんだかいつもイライラしている。

【場面設定】
はるひこが床に腹ばいになって、算数のドリルを解いている。しかし、鉛筆は動かず、うっとりとした表情に。母のみちこはソファで横になり、天井をぼんやり見ている。弟のなつひこは、はるひこの横に座り、耳元で指先をこすり合わせ、その音に集中している。

みちこ:はる(はるひこのこと)。ほれ、ひっつき虫(はるひこのこと)。さっきから手が止まってるわよ。算数の宿題、終わったの?

はるひこ:……ねえ、お母さん、この問題すごいよ。

みちこ:すごいって、ただの旅人算でしょう? 兄さんが歩いて、弟が自転車で追いかけるような。

はるひこ:(興奮して)そう!

みちこ:ほら。

はるひこ:だから、そこ! 「兄が分速60mで家を出た15分後に、弟が分速400mの自転車で追いかけました」って。これ、ただの算数じゃない。国語辞典の例文みたいだ 。

みちこ:……例文?

はるひこ:(うっとりと読み上げる)そう。『おいかける【追い掛ける】例文)弟は、恐ろしい速さで、兄を追いかけた。』……みたいな。

みちこ:……早く答えを出しなさいよ。

はるひこ:答えって、何分後に出会うか、でしょ? でも僕が知りたいのは、なぜ弟はそんなに必死なのかってことだよ。分速400mだよ?

みちこ:忘れ物でも届けたいんじゃないの。

はるひこ:分速400mで忘れ物を届ける弟なんていないよ! 阪急の福本豊だって、こんなに必死に走らないよ。

みちこ:…ふくもと? 誰よ、はるの友達?

はるひこ:盗塁王だよ! この弟は兄さんが嫌いなんだ。だから、兄さんから「平穏な日常」っていうベースを盗もうとしてるんだ。これは事件だよ。

(はるひこの熱弁に呼応するように、なつひこが突然、声を上げる)

なつひこ:らっら、らっら!

(なつひこが突然立ち上がり、ぴょんぴょん飛びはねる)

みちこ:ほら、「追いかける」なんてはるが言うから、なっちゃんが「追いかけっこ」すると思ったんじゃないの? まったく……。

はるひこ:そうだ、なっちゃんは「兄」なんだ!

みちこ:兄はあんたでしょう、ひっつき虫。

はるひこ:(もう、自分の世界)なっちゃんは追われてるんだよ、分速400mの弟に! 逃げて、なっちゃん!

(はるひこが叫ぶと、なつひこは興奮し、部屋のなかをぴょんぴょん飛ぶようにぐるぐる回りだす。そこへ、玄関のドアが開き、父のまさよしがイライラした様子で入ってくる。頭からモアッと湯気が立っている )

まさよし:おーい、帰ったぞ。なんだ、やかましい! 何を騒いでいるんだ!

みちこ:あら、お帰りなさい。早いのね。はるが、算数の宿題と格闘してるんですよ。

まさよし:(ドリルを覗き込み)旅人算か。なんだ、まだこんな問題に苦しんでいるのか、おんぱりそ(はるひこのこと)。

はるひこ:解けるよ。解けるけど、納得がいかないんだ。

まさよし:何がだ!

はるひこ:お父さんは弁護士だから聞くけど、兄が「追いかけられたくない権利」って、法的に守られないの?

まさよし:……権利?

はるひこ:だって、この前の最高裁の判決では、「日当たり」を守る権利が認められたんでしょ? だったら、弟のしつこい追跡から自分を守る権利だって、認められるべきじゃないかな。

まさよし:べき……。

(まさよしは、息子の真剣な問いに聞こえないふり。頭の湯気の量が増える。はるひこの視線は、部屋をぴょんぴょん飛んで走り回る弟のなつひこに注がれている)

はるひこ:ねえ、お父さん。

まさよし:なんなんだ、お前は。

はるひこ:そもそも、兄と弟って、本当に出会う必要があるのかな?

(まさよしは、返す言葉が見つからない。居間には、なつひこの「らっら、らっら」という声と、まさよしの頭から湯気が出る音なき音だけが響いている)

(幕)

作・千早亭小倉


地層0を支えるものがたりやコント
恋流波家の系譜――舞台は昭和40年代後半の世田谷区成城ここあん村の物語につながる最も古い基層となる、1970年代の物語です。舞台は、高度経済成長期の残り香が漂う、世田谷区成城・砧が中心です。ここあん村の重要人物(?)恋流波陽の父、東彦の少年…
[コント台本・掌編 約600本]

主な舞台は、椎名町三丁目から広がる箱庭「ここあん村」。箱庭コント作家・千早亭小倉の手による、どこか懐かしい日常劇やクスッと笑えるコメディ、沁みる掌編を絶賛公開中です。これからも「読むシットコム」の世界を追究していきます。
*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI. *無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|箱庭コントを紡ぐ 話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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