コント「桟橋の生贄」

【登場人物】
青野 音:ジャズバー「Sound Blue」のオーナー兼バーテンダー。音楽と空間の完璧な調律を重んじる。
小林道照:酔酔亭馬楼の名前で、ここあん村でだけ知る人ぞ知る落語家であった。現在は実家の寺を継いでいる。ジャズを愛好するが、解釈が常に泥臭い方向へ着地する。

【場面設定】
夜のジャズバー「Sound Blue」。店内にはソニー・ロリンズの『セント・トーマス』が静かに流れている。道照がカウンター席でグラスを傾けている。

青野音:お寺の落語会、どうでした。

小林道照:(レコードに聞き入っている)ああ、偉大な巨人がまたひとり、舞台から降りてしまった。え、あ、落語会。ああ、岸辺義道に頼まれてね。いつも通りですよ。(目を閉じ、恍惚とした表情で)『サキソフォン・コロッサス』、くわー。

:(道照の奇声にびくっとしつつ)あのアドリブの自由で力強い響きは、もうレコードの溝の中でしか聴けないのね。

道照:くわーーー。

:(演奏にまったく合っていない道照の奇声に、少し引き気味)人気絶頂の時に突然引退して、ウィリアムズバーグ橋の上で毎日一人でサックスを吹き続けた。完璧な孤独と音への探求心。抗いがたい美しさよね。

道照:ニュークの魅力を教えてくれたのは、音さんなんだよなあ。

:ごめんね。馬楼さん見てると、不思議と語りたくなっちゃって。あ、ごめん、今は道照さんだったわね。

道照:馬楼でいいですよ。義道の寺の落語会のめくりも、「酔酔亭馬楼」って寄席文字、今でも使ってるし。この村にいるときは、「馬楼」で。それよりね、音さんから昔教わったニュークのあれ、やってみたんですよ。

:教わったあれ。

道照:ここあん湖の桟橋の先で、今回用に『芝浜』をさらってたんですよ。風と車の走行音をバックに、俺と自然との即興セッション。

:それはジャズではなく、単なる奇行でしょう。(苦笑)それに、私、そんなこと教えてないし。

道照:(それには応えず)おばあちゃんがひとり近づいてきてね、「お兄ちゃん、寒いのによく喋るねえ」って言って、コンビニの肉まんをひとつくれました。セッション大成功。

:カリプソのリズムが肉まんに。いや、肝心の落語の練習のほうは。

道照:まあまあ、ですかね。あそこ、結構風が冷たくてね。寒さで震えて、サゲの「夢になるといけねえ」が「嫁の生煮えは生贄」になっちゃって。まあ、予測不能なスリリングな展開がジャズっぽいなって。

:アドリブじゃなくて、ただの滑舌のエラーじゃないの。ロリンズが空気を震わせたブレスと、あなたの寒さによる痙攣を同列に語らないで。

道照:厳しいなあ、音さん。不完全なノイズこそ、俺の落語の味なんですって。ニュークだって、同じフレーズを何度も執拗に繰り返して、途中でどこに行き着くか分からなくなるような、ほら、音さんが教えてくれた、もち、もちもち。

:モチーフね。モチーフの反復。

道照:そ、それをするじゃないですか。あの強引な繰り返しが格好いいんですよ。

:ロリンズのは、強靭なフレーズを何度も叩きつけることで、既存のメロディを解体し、新しい景色を構築する高度な即興の技法。同じモチーフを繰り返すことで、楽曲に圧倒的な推進力が生まれるの。

道照:うう、音さんの解説はいつ聞いても沁みるなあ。そう、それ。だから俺もね、落語会本番の『芝浜』でね、女房が「お前さん、起きとくれ」って言うセリフを、ニュークみたいに、執拗に何度も繰り返してみたんですよ。「お前さん、起きとくれ。お前さん、起きとくれ。お前さん、起きとくれ。お前さん、起きとくれ」って。

:ただの寝起きの悪い夫婦の言い争いにしか聞こえないけど。古い落語のレコードの針が飛ぶみたいな。

道照:やめてくださいよ、俺より面白いこと言うの。ニュークなら、同じフレーズの繰り返しで客をあんなに熱狂させられるのに、俺じゃダメなんですかね。「お前さん、お前さん、お前さん、お前さん」

:ロリンズの反復には、次の一歩を踏み出すための知性と破壊衝動があるのよ。馬楼さんの反復は、単に次のセリフを忘れて時間を稼いでいるようにしか聞こえないんじゃない。客席に伝わるのは推進力じゃなくて、ただの焦燥感。

道照:いや、それならそれで、聞いてるおばあちゃんたちもハラハラして、即興のスリルが生まれるんじゃないですかね。だから、その不完全な不協和音こそが、俺の落語の味なんですよ。

:あなたがセリフを噛んだり淀んだりするのとは、根本的に重力が違いそう。ただ、あなたのその泥臭い不協和音は、この店のBGMとしてはそれほど悪くないわね。

道照:ありがたいお言葉。ねえ、音さん、俺の落語について、ライナーノーツ書いてよ。

:ええ。馬楼さんの落語は、馬楼さんの落語は、馬楼さんの落語は、馬楼さんの落語は。

(音は磨き終えた分厚いロックグラスを、テーブルの硬い木目に、ガツンと乱暴な音を立てて置いた)

:ああ、だめね。氷をすべて、粉々に砕きたくなってきたわ。

道照:(その鋭い音にビクッと肩を跳ねさせ、残った酒を無言で一息に飲み干す)

(幕)

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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